『斎藤さん』の話 1
齋藤さんを、またやってしまっている。
今度は、通話を仕掛けるのでなく、生放送____いわゆる『ハンカチ中継」を行った。
そして、自分のしたいことをしようと、自己アピールもかねて、発声や滑舌の改善もかねて、そこで小説の朗読をした。
ぽつぽつと、人はきた。
ある人のコメント。その内容は、こうだった。
「いい声してますね」
「滑舌いいですね」
そう、褒められた。
半ば、そういう風に、チヤホヤされる目的でもあったのだから、当然、
褒められて、嬉しかった。満足をした。
人がきたから、朗読から一転、それなりに来訪者と雑談をした。
会話の折、きた人が、僕より年下で、女性だとわかった。
そういうことがわかると、少しばかりセクシャルな意識が僕の脳をほのかに支配し始める。
この子に好かれたいとか。そんなことを、どことなく念じながら、しゃべってしまうのだ。
僕はこの中継で、何がしたいのだろう。
女の子から好かれたい?
オタクであることを認められたい?
声とか、滑舌とか、知性とか、お絵かきとか、自身の能力を尊敬されたい?
ルックスを褒められたい?
寂しさを紛らわせたい?
いろいろな欲求があった。
褒められると、刹那的に、少し欲求が満たされる。
でも、そんなことがあっても、むなしさは消えない。
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●刹那的な「スキ」
実は、先の「ルックスを褒められたい」という記述について。
僕は、夜寝る前に少しだけ、顔出し配信をした。
男の顔出しなど、ましてや、僕のような新参者など、大して見られもしないだろう、という思いからだ。
それでも顔出しをする。というのは、根底の____『褒められたい欲求』からだ。
で、人が来る。
女子が来る。
彼女からいわれる。
「声も、顔もめっちゃタイプ。韓国のアイドルにいそう(この褒め文句にはなんともな思いをしたが)」
「頭よさそう」
その後。その子から、個人メッセージがきたのだ。
「好きすぎて、個人メッセ送っちゃいました」
「カカオで話せませんか?」
それから、たわいない雑談を、メッセージ上で少しばかり交わした。
次の番、僕らは通話をした。
案外、話は弾んだ。
弾むというと語弊はあるだろうか。
話題が大きく盛り上がるとかではないが、ささやかに、でもにぎやかに、僕らは話をした。
向こうは17歳の高校生。僕は、24歳の社会人。
彼女の人となり。
インターネットがなければ、とうてい接点など持つことは遠いような性格の人である。
つまり、「明るく元気なタイプの人」だ。
そういうタイプの人は、フレッシュに、そしてナチュラルに人のことを好きになる。
好きというのは、エロティックなニュアンスを含むものでない。
彼女の他者への好きは、もっと本能的な、ちょっと刹那的にも思える、「人への好奇心そのもの」としての好きだと思った。
つまりは、転校生が来たら、「ねえ、あなた、どんななの??」「どこからきたの?」と、絶えずに、ストレートに聞くかのような。
僕は、本当に心を許した人を相手に話すとき、その話し方は、ひどく文語的な物言いや、言葉を使ってしまう。多少衒学的になってしまうともいえるかもしれない。
それはつまり、いわゆる「オタク特有の話し方」だろう。そのようになってしまう。
彼女との会話は、楽しかったし、僕は彼女に心を許した。
だから、オタクっぽいしゃべり方をしただろう。
しかし、彼女は、そういう僕のしゃべり方を楽しむのだ。
「そういうの好き」
「頭いい人って感じするね」
「めっちゃ標準語」
「かわいい、照れるのもかわいい」
ここまで肯定の言葉を並べると、さすがに記述中の今でも少しおもはゆくなるのだが、
とにかく、褒められまくった。
会話が続く。時間が流れる。夜が少しずつ更けてくる。
そういうのが、両者をムーディにさせるのかはわからないが。
「ナオくんに好きになってほしいな」
「隣にいてくれたらいいのに。さわってほしい」
そうもいわれる。
間をあけて、僕は彼女にいう。
「○○(その子の名前)、好きだ」
すぐに言葉は返さないが、少ししたあと、
高揚したような声音で返事が返ってきたことは覚えている。
「ねえ、そういうのほんとずるい」とか。
そんな風に言われたのだったか。
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このような好き合いは、僕にとってはごっこ遊びでしかないと思える。
正直、画面上の刹那的な異性への欲求を満たす行為というのであれば...
セックスフレンド的な、「画面上でオナニーをし合う」行為の方が、後腐れがなくて健全な気がした。
だってそれなら、両者が身体の快感を得たあとは...いわゆる「賢者タイム」が訪れて冷静になれるからだ。
僕は確かに、彼女に好きといった。でも、確実にいえるのは、心底からの好きではない。
僕は、女性に自分のジレンマを理解してもらいたい欲求がある。
だが、彼女から発せられる言葉は、結局のところ「僕のことが好き」というニュアンスでしかなかった。
僕のことが好き。僕というより、僕という人間がもっている、表象的な記号が好きなのだ。
『表象的な記号』。
声のトーン。顔の雰囲気。話し方。文語で用いられがちな言葉を、あえて話し言葉に多用することで感じさせる、知的であるという要素(こんなのハッタリでしかない)。
彼女はたぶん、そういう記号たちに気持ちよさを覚え、それで高揚し、そして好きになったのだ。
それは刹那的な判断だと思う。
たとえば、男が女性をみる。胸が大きく、安産型で、しかし引き締まったウエスト。つややかな長い髪___肩まで伸びたストレートヘア___をもっている人だとする。そんな女性に、性的興奮を覚えるのと、たいした変わりがないと思う。
彼女は。動物的に、本能的に、刹那的に僕のことを好きになった。
____そういう女性だとわかった。
そういう女性は、いやだ。
理性的なものを感じないのは、いやだ。
だから僕は、彼女を少しもてあそぶような気持ちでいった。
「好きだ」
と。
僕は、人を悦ばせられる男だと確認したかった。
おそらく、彼女は僕にそう囁かれ、高揚しただろう。
その事実を実感したいがために彼女に告げたのだ。
心底からではない、スキという言葉を告げるのは、恐ろしい行いであると分かる。
それは詐欺師の所行にも近い。そして僕は、それをした。
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どういう事情かはわからないが、それから、彼女と僕が話をすることはなかった。
が、それでいいと思う。
心底そう思う。
画面を通じてでしかないスキの応酬は、やはり僕には辛い。本当に辛い。
だって、実感を得られないもの。僕にはそのような感受性しか持てない。
要するに、「遠距離は無理」ということだ。