レールに乗らざるを得なくなったはずレールガン

もがくしょうもないオタクの脳内

『ウォッチメン』みてみた

すげ〜〜〜〜〜〜面白い。

 

僕は正直、マーベル系列というか、アメコミ映画の想像力に慣れていない自覚がある。

 

それは、アメリカ特有の「大きなもの」を話題としている(「世界の終末」なんかがテーマにきやすい所、それに糸を引く存在が最終的な壁として主人公と対立をするという構造、主人公は力の行使力を予めもっていて、主張の対立というよりは、主張の正当性の確認で終わっているように思えてしまう)部分がどうにも慣れないというか、短絡的な理屈に思えてしまうからだ。

そのようなロジック性よりも、ビジュアル的な、視覚的アクション性を楽しむことこそが本題だ、と言われれば、そのことに反論しようがないし、そのような楽しみ方を出来ない自分の価値観はどうにも切り替えができないものだとも思える。

 

 

が、この作品は明らかに、そのような(大きなものを描写する)体裁を取りながら、その構造を再考し、ヒーローの不可逆性にまで踏み込んだ考察を作品を通じて展開していると感ぜられた。

 

結果として、主人公ことロールシャッハは、とてもミクロな価値観を展開して、それを文字通り最期の最期まで貫いてしまったがために、因果応報ともいえる結末を辿るのだが、これはエゴイズムを究極的なまでに貫けることができたという点で、ある種のハードボイルドととることもできる。

 

とにかく、「主人公のキャラクター像」の切り口が新鮮なのだ。ヒーロー映画の文脈でなければ描けない、しかしヒーローでない存在。

このような、決して二項対立などで片付けられない、どことなく文学的作風すら漂わせる本作は、本当に独特な雰囲気を放っているとすら思える。

 

視聴後の余韻で、色々考えるのだが、考えれば考えるほど、めっちゃ面白かったわ。

 

ヒーローという、暴力の範疇を超えた力の行使は、現実という枠組みとの関連として照らし合わせて考えていくと、やはり政治や軍事とは切り離せない関係となる。だから、ヒーロー像をリアリティを以って描くとき、それは確実にポリティカルフィクションの側面を持たざるを得ないというのが僕個人の所感だ。

 

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今日の落書き。継守的な手癖ロボ。わりとお気に入り。