レールに乗らざるを得なくなったはずレールガン

もがくしょうもないオタクの脳内

日記

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サザビー途中。

月曜日までに完成させたいなあ〜〜。 

 

やはりメカ絵は、直線はフリーハンド厳禁だ。定規で描くととても違うことがわかった。

 

そして、ディテールをどこまで描き込むかという塩梅についても少しわかった。

 

 

●人間関係

・以前の友達、それもそれぞれ別の人から、今日はなぜか二回も「久しぶり!」の連絡がきた。

そういう時もあるのだなと思えた。

「モテ期」?

 

・ふだん、好きな人とはよく連絡をとり、たわいないことでもラリーを続けていた。

のだが、ちょっとした拍子に、休日、一日何も連絡をとらなかった。

そうしてみて、人を好き好む気持ちの整理が少しついたし、自身の嗜好と他者への関心を一緒くたにしがちな僕の内面についても、多少の割り切りがつけられたようにも思えた。

自分をあたためられるから、人をあたためられるのだと思う。

しかし、独りでいすぎても腐るし、人といすぎても疲れる。そういう目に見えづらいもののバランスは、それでも少し考えておけば、辛くなりすぎないと思える。

 

●仕事

来月から休みがほとんど半減する。月8回から月4回に。

ちょっと絶望感がある。

 

「やってやる!!」と思える仕事ならば、それでも良いだろう。

しかし、やはり僕は、今の仕事を「やることやってればオカネももらえる、つまり金のため」以上にはやはり思えていない。

 

だから、待遇がきつくなるのは、純粋に嫌だ。

 

だが、極論をいえば、そうならない制度づくりに奔走できなかった僕にも一要因があるとは言えてしまう。純粋に「休み減るの嫌!カスだ!」と、他人事のように言える立場では、残念ながらもはやないということだ。

で、この条件が嫌だと自覚して、じゃあどうすればいいのか、というのだが、

休み増やすために続けて頑張るか、辞めるかということくらいしか思い浮かばない。

で、そのような理由から辞めたく思うのだ…

 

御託はならべるが、ここまでくるとおそらく「健康で文化的な生活」を送れている自覚がなくなってしまう。だからなのだ。

 

しかし、結局の所、これらの理屈は「ゴネている」側面もあると思える。

要するに僕には、覚悟と忍耐が備わっていないのだ。「この会社でやり通してやる」という覚悟が。そして、その覚悟をするだけの調査力もなければ、そう思えるだけの知性をも現状持ち合わせていないということ。このことは、やはり自認しなければならない。

 

 

僕は、覚悟や精神論のような言葉たちを並べるのはやはり辞めたいと思う。だから、以前と比べそのような言説を記述することは減っただろうという自覚がある。

しかし、今回ばかりは書きたくなった。それだけ、自分の中でショックがあるということだ。予測はできたのかもしれないが。