レールに乗らざるを得なくなったはずレールガン

もがくしょうもないオタクの脳内

2020/03/05 現状認知と自己肯定

ネットサーフィンをしていて、このような書き込みをみた。

「"自身が広く賞賛を受けるクリエイターや芸能人、選手etcになった妄想をし、その輝かしい未来だけをあれやこれやと想像する"____これは、現在自分が、”今”本来注ぐべきエネルギーを、見当違いな未来の方向へと注いでしまって、エネルギーを損耗させる行為である。だから、実現可能な範囲でのエネルギーを注ぐべきである」
というような内容だ。

非常に刺さる書き込みだった。同時に、とても腑に落ちた。

僕は、勝者に、成功者に憧れる。
そして、やはりしてしまう。「僕がその立場の人間になったら」という妄想を。
恥ずかしいが、ワナビ願望甚だしいのだ。

自分が俳優になったら、声優になったら、絵描きになったら、評論家になったら、監督になったら、自衛隊員になったら、超・優良ホワイト企業勤めの新鋭若手になったら、有名配信者になったら、学者になったら、...

人々の"物語"を聴くたび、視るたびに想起する。

これは、間違いなく現実逃避であった。


自分のやっていることの、根幹を、掘り下げて、掘り下げていくと、
突き当たることがある。

"自己顕示欲"、"承認欲求"だ。

今は、その欲は収まっている。
しかし、たとえば周囲者の成果などが見えやすい場にいると、それを思い起こさせてしまい、アレルギー反応かのように心が引っ張られ、気持ちだけが疲れ、焦るばかりで何もせずに終わってしまうというのが自分であった。

この欲求は、ゼロにしたいが、持ってしまっている。

僕は一時期Twitterを再開した。ポケモントレーナーとしての道を再び選択したからだ。
同時に、これを使って有名者となることを望んだからだ。

しかし、自身より先に成果を上げる者、その情報など、いくらでも入ってくる。
そうする度に、先の発作が僕を締め付ける。

これが、本当に精神にきた。

まるで、全人類が、僕より成果を挙げていているような錯覚さえした。
まして、今の仕事の労働体制もまた、僕の劣等感を浮き彫りにさせる一要素となった。
つまり、多くの人は、対戦数を稼ぐ余裕もあれば、土日は休みでオフ会に行ったりできる。
僕はそうでなかった。いや、対戦数は、時間は作ろうと努力すればできるが、月の休みは六日間、一日平均11、12時間ともなろう労働時間と、帰宅後の家事を除いた時間で巧く捻出することは、本当に大変だ。

「皆と生活リズムも、プレイスタイルも違う」のだ。

これが応える。心に本当に応える。

だから、Twitterをなるべく見ないようにしている。
自分のペースというものを揺らがされるから。揺らがされるだけ揺らがされて、大して何もしてないのだから、今まで。

Twitterは、ほぼみない。
それで情報アドバンテージが衰えようとも。それ以上に僕の心が傷つくもの。
これで良いのだと思う。

これが僕のプレイスタイルだ。人生のプレイスタイルでもあるだろう。

そして、こうして、自分の、心に負荷をかけないやり方で遊んでいこうと思う。
ポケットモンスター・ソードシールドというゲームを。ポケモンバトルを。


これは、お絵かきやガンプラ作りにもいえる。

いつぞやの日記で、僕は書いた。
ポケモン強くて、絵も上手いナオさんって言われたい」と。
それは言われれば嬉しいだろう。
でも、言われることを目的にするのか?

現状を無視し、成功する自分だけをイメージして、疲れるだけなのは、結局前進なんてできやしない。


だからタイトル通りのことを行う。


"現状認知と自己肯定"だ。


僕は、忙しい仕事をしている。休みの少ない仕事をしている。
でも、職場の人間関係に大きく悩んでいる訳ではない。
どころか、若手の貴重な戦力として大切に育ててもらえているという、ありがたい事実をかみしめている。
そして、仕事は徐々に増えていった。上司から、任されてきた。
素直にいえる。任されるのは嬉しい。

 

業種そのものは、入ってみればまるでブルーカラーのような気がして、体も心もズタズタにされた気持ちだった。
でも、それもどうでもよくなった。ブルーカラーとかホワイトカラーとか、そういうラベリングはいいんだ。本当にどうでもいいんだ。

僕には、「ここでないどこか」を求めている時期があった。
要するに、自分がクリエイターになれる場所、だ。

しかし、心が求めるだけで、具体的な行動は大してしない。
結局、ちょっとお絵かきをして、それも描きたいものを描くだけ、転職に向けていざ動くかといえばそうではない。
要するに、「ここでないどこか」を求めるのは、「転職のための前向きな心構え」などではなく、「現実逃避」だけだった。今の自分を蔑ろにし、輝かしい自分だけを考える。


いつまでも、「無限の可能性を秘めた若いタマゴ」なんかじゃない。

今、本当に手が届きそうなことをしてみる。
とはいえ、転職は確かにしたい。でもそれは、確実にいえるのだが、今じゃない。
僕が転職を望むのは、でもやっぱり、「休日の少なさと、労働時間の変則的さ」からだ。
なんでかというと、これ、物理的に体にダメージが来ることが明らかだからだ。
特に後者。この仕事、すべての出勤日が深夜勤ならまだしも、日勤の日も度々ある。
日によって起きる時間を変えるというのは、体内時計をセットするも何もない。
これは確実に人間の自律神経を犯していくことだろう。そして、その先にあるものが何か、僕は知っている、それは病気だ。
腸内出血とか、脳内出血とか、さらには若年性ながらがんで逝ってしまう(最近記事にした)、恐ろしいことにつながる。
いや、自律神経の乱れがそれらにつながるとは言っていない。
乱れがトリガーとなり、ストレスが貯まる、それを解消するために、たとえば暴飲暴食、飲酒や喫煙、諸々に走り、結果として...という話だ。

業務内容も、さらに言えば休日数も、書きはしたが、これらの条件はいいのだ。
労働する時間帯。これが本当に不健全で、これを社内に身を置いて脱することは出来ないと感じるから、いずれの転職を希望しているという次第だ。

て...本当、話ズレちゃった。
そもそも何の話だったか。

"現状認知と自己肯定"。

絵描きとしての僕。ポケモントレーナーとしての僕。自分では自分をそう認知しているが、特段上手いわけでも、強い訳でもない。にも関わらず、有名強者になることだけを望む僕がいた。

 

それをすることが楽しくて好き。

 

これは絶対的な価値観であり、忘れてしまっていたんだな。

お絵かきも好きだ。ポケモンもすきだ。ガンダムも好きだ。
で、こういうのはオシャンティな趣味じゃないかもしれない。

なんか、オシャンティに趣味をこなすカッコイイ若者、なんてのも目指していたけど、
それもワナビ、誰かに見られたい思想だった。


究極的に、誰彼の評価なんてどうでも良くて、趣味においては、動かしたいだけ手を動かせば良い、そして、趣味の域越えるとか、本当にそうなるのなら、道として考えるのもアリか、というのだろう。まあ、先のこういうことなんて考えてないけど。身の丈にあっていないし。


地に足をつけよう。
我ながらイイ言葉を生み出したと思う。
"現状認知と自己肯定"。

 

頑張って自分を好きになろう。
ちなみに、今そうなれるためのちょっとした努力をしているといえば、
30秒ドローイングを1日欠かさず続けるということ。で、目標は、それが66日間、さらにいえば死ぬまで続けること。

実はこれ、したりしなかったりだった。なので、毎日こなすということだ。
これだけは続けたい。筋トレも毎日!といいたいが、ムリしない。


あとは、目標とか、やっていること、やりたいことについては書きません。
実際してなかったとき、やっぱそれで落ち込むもん。
今本当に「できそうだな~」という事だけ書いておく。30秒ドローイング

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4日目。100日後に何もしない30秒ドローイング

 


終わりのない ディフェンスでもいいよ 君が僕を 見つめ続けてくれるなら~~♪