レールに乗らざるを得なくなったはずレールガン

もがくしょうもないオタクの脳内

2020/06/07 仕事について

鑑みて、ここ一ヶ月くらいの僕の仕事へのモチベーション。

自分に降りかかってきた案件を最低限はこなし、正直面倒そうな案件であれば、
なあなあでその場しのぎの処置をとる。

本当に作業的にこなしていたと思う。
だが、それをこなす態度だけは一人前であるように取り繕う。
何の工夫もなく。ただ体を動かすだけだった。
そして、「早く次の休みがくればいい」、こう思うだけであった。

さて、こんな書き方だと、文面からはネガティブなムードが漂っているが、
僕は、ポケモンバトルを楽しむ人間であり、ポケモンバトルを楽しむ人が大好きな人間だ。
移ろいゆく対戦環境とか、没頭しているがゆえのプレイヤーたちの思惑とか、楽しく取り組むために工夫している人たちとか、そういうのを見ているだけでも心底楽しいと思えるし、その輪の中にもっと入っていきたい、自分も作りたい、そういう欲がある。これは心底そう思う。
だから、それが今の自分の生きがいとなっている。それを本当に実感する。
そういう意味で、僕の毎日は楽しいのだ。仕事さえなければ、更に楽しいのだ。

『仕事さえなければ』。こんなことを思っているからだろう。
そういう性根はきっと、仕事への取り組み方に、対外的にもにじみ出てしまうものかと思えた。そう思えたし、もしかしたら思われているかもしれない。そのような気概もあった。

 


「お前な、外回りの成果はどうだ?後輩が着々と地道にやってきている。に対し、お前は先月そうでなかったよな」
「今後も新入社員は入ってくる。その時のお前は3年目や4年目だ。新入社員にとって、お前は一人の『大人』としてお前を見るぞ」

上司は僕の仕事に対してのアレコレをよくみていた。
例えばタイムカードの打刻。僕は、ときたまこれを押し忘れていた。「それでもいいや」と思っていた。
この会社は月給が決まっているし、タイムカードをみて残業代を出すとか決めるわけでない(みなし残業代というやつ)からだ。
「打刻しようがしまいが、変わらない」そんなモチベーションであった。

さて、そんな節々の僕のスタンスについて、本当に鋭い指導を受けた。
「お前は仕事人じゃない。作業人になっているぞ」


全て、その通りだと思った。

 

僕は、この仕事への興味がない。
だが、だからといって、今やっている仕事を「ただ作業として」こなすことを興味がないからと正当化し、開き直っていいワケではない。

今、この場にいることを選択したのは、紛れもない自分だ。

そして、上司からの指摘を受け、それに納得し、従うべきは従おうと決めたのも自分だ。
と、同時に、無関心であるのに続けることは、やはり長期的に見て、僕自身にも善いことではないとも思える。

だから思えた。『興味が持てない状態で』、この仕事を長く続けることは善いことではない。
早い話、辞めようと思えたというわけだ。
だが、当然、僕には抱えている案件がある。引き継ぎも必要だろう。

幸い、後輩達はモチベーションが僕と比べるのが失礼なくらいあり、本当に真摯に仕事へと取り組んでいる。そんな彼らには任せられるだろう。
そして、勝手にこんな風に思うのは、やはり無責任だとも思える。...が、そんな対外的な感想は、割り切らねばならない。

立つ鳥跡を濁さず精神でやっていこう、そう決めた。

そして、案件を終わりきってすらいないのに、例えば早く切り上げたり、だらだらとしたり、そんな風にするのは結局自分の首を締めてきただけだというのも思い知らされた。

 

今はシンプルに考えよう。

仕事、ポケモン。同じくらいの優先順位だ。
「仕事」を先に書いたとなると、もしかしたらこちらのことの方が、「今は」考えているかもしれない。

ともかく。

仕事とポケモンしか取り組まない。
おえかきについて、ここ最近の日記では触れたが、これは、今は趣味と割り切れる。割り切るための行動をする。
30秒ドローイングだけでもしてればいい。

仕事においては、与えられた案件はこなしきって、+αを成果として提示できるようにする。そのために多少のプライベートを削ろうとも、月の休日自体はあるのだから、ポケモンは最低限できるはずだ。

それで、仕事の取り組み具合に、自身で納得できたなら。
無事引き継ぎも(完璧にでなくていい、ほとんど)できたら、辞める。

夏の終わり際までに、そうしたい。


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もう3週間も前だろうか。
「世界の哲学者に人生相談」にて紹介されていた言葉だ。


「身体(しんたい)が意識を変える 悪い習慣も身体が変えてくれる」...メルロ=ポンティ

これは、最初は意識的にがむしゃらに動いていたことだが、段々と意識せずとも身体が勝手に動かせるようになっていくことをも指しているのだそうだ。

物事の上達とは、得てしてそのようなものだと思える。

僕は、一定段階、ある程度仕事方法においても定着しただろう。
が、今おそらく、「更にその上」を、それこそ「意識的に」身につけなければいけないという段階にいる。

動こう。動き出しが大事だと思う。

そして、寝よう。明日は朝刊なのだから。
それこそ身体が意識を変えるのだものな。健全な身体にこそ...