はずレールガン

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狼王ロボの話

日記で感想書いていた。今さっきの話。

あらすじも長々書いて、かなり時間をかけたんだけど、手違いで文章消しちゃった。鬱。

 

 

なので一番書きたい事だけ書く。

 

これの「ロボ」って、たんなる狼の名前だったのか!?という驚き。

つまり、「ロボットの略称」ではない。

そのお話の名前から、てっきりロボットSFものを想像していた。が、これは動物記の一つで、全く想像とかけ離れていた。

 

 

読んだ感想としては、ロボをただ殺すのでなく、情をかけて数日生かしておくラストがなかなか物悲しくて切ない。もちろん息絶えてしまうのだけど。

そして、悪逆非道を重ねた狼王ロボも、捕らえてみれば唯の1匹の狼に過ぎず、家族や群れを大事にする1匹の雄だったのだ、ということ。

こういった勧善懲悪一辺倒という訳でなく、あくまで一登場人物の主観ながらも動物の視点にも立ち、その境遇を考えさせるお話はシンプルだが、だからこそ心に訴えるものがある。

 

これを現実世界の出来事で置き換えられそうなものはないか。

僕が即座に思いついたのは、いわゆる帰化生物とされる生き物たちや、環境に増えすぎて害獣と認定されたり、狩りの対象となっていたりされる生き物たち。

前者はアライグマなど、後者はエゾシカなどだ。

彼ら、彼女にとっては、その土地は自分たちにとって住みやすい環境だからこそ、生きられるだけ生き、食べられるだけ食べ、子孫を残せるだけ残しているにすぎない。

生存競争において、その環境において数が多いことはもちろん重要だ。

そして彼、彼女らは、生物が産まれながらにして与えられた使命に従っているに過ぎない。

そしてその使命のもとに、家族を守る、群れを守る、仲間とともに生きるという目的も付随されるだろう。

 

しかし、自然全体、環境全体という視点からみて、不当に増えすぎた個体数は有害なものだ。

その個体数を減らさなければ、他の生き物の子孫が途絶えてしまう恐れがある。

だからこそ人間は彼ら、彼女らを殺す。

 

あとは、寄生獣の後藤さんに止め刺すシーンとかかな。

もう説明するの面倒だか書かないけど。

 

実益と感情には切り離すべきときがある。

しかし、感情から想起される想像力や情念を失くしてはいけないのだと思う。

 

 

で、なんでこれを読んだのか。

狼王ロボってバルバトスルプスレクスのことじゃん!!と思ったからです。

調べて読んでみたら全然違うジャンルのものだったよ。おわり。

 

でも人間たちの罠を軽く遇らう様、雄々しく猛々しいロボの姿、ロボが助けを求めるもすぐにそれを諦める潔い最期の散りざまなど、

三日月や彼の駆るルプスレクスの戦いに通ずるものを感じた。