レールに乗らざるを得なくなったはずレールガン

もがくしょうもないオタクの脳内

今の生活を思う

僕は、来年末にこの会社を辞めようと思う。

この決意は変わらない。

 

しかし、決意は変わらずとも、仕事に対する向き合い方、意欲というか、そのようなものが最近変わった。何故か変わった。

 

二週間ほど前、休みの日に僕は実家に戻った。

その時、親には今の会社の業務がブラックじみていることを話した。

僕自身、辛くて辞めたい気持ちがあったから、そのような感情からも「辛い」ことをひたすら話した。

親は「辞めたら?そんな仕事(意訳)」と言われた。

父からも、母からも。

僕としてもそうするつもりである。

 

さて、僕はもう大人、社会人のはしくれになってしまった。

そのような自覚はあまりないのだが...。

なので、親に愚痴ったところで、その後に「辞めたら?」などと言われた所で、行動をするのは僕自身なのだ。

誰から言われたとかでなく、僕は僕自身の思うこととして。「辞める」ということを考えている。

 

今年の1月、就活をしていたころを思い出す。

結局元をたどれば、そこで熟考すべきであったのだ。

さらに言えば、さらなる原因をたどれば...キリがないのだ。

 

現状の問題に対して、それが生じる要因は29、さらにいえば潜在的な要因は300あるという。これは「ハインリッヒの法則」と言われているのだと。

 

「今の仕事が辛い」、これを問題だと考えると、それに至った要因は...本当に多く考えられる。僕自身の問題、会社の在り方の問題。

 

閑話休題

 

序盤に「仕事に対する意欲が変わった」と書いた。そのことについて掘り下げて、以降は書いていこうと思う。

 

僕は、自身の仕事に向き合っていない、「やるべきことができていない」自分が嫌いだ。

端的に言うと、「自分で自分を好きになりたい」から仕事に対して意欲的になることに決めたのだ。

周囲の評価だとか、おカネが、とかはもはやどうでもよくなった。

(どうでも良いというよりは、一定水準それを得られる環境下にあるからノイズにはなっていないのかもしれない)

仕事に対して、自分の落ち度を棚に上げて環境に対して悪いことを言うだけで、「辛い」「辞めたい」とのたまう。言い方はもちろん極端だが、究極的には自分の弱音はそうであったことに、時間と共に少しずつ気づいた。

 

これは、「自身で気づいたこと」なのか、「周囲からの言葉の影響を受けて気づいたこと」なのかはよく分からない。しかし、向き合い方がある程度変わったことは事実だ。

 

目の前に大きな壁がある。それを登りたいと思う。そのために、自分にはどんな武器が必要なのか。

その壁に背を向けて別の道を考えるというのも手だが、今の僕は壁を登ることを考えることにした。している。登った後に別の道に行くのだ。

 

それでも、今の仕事はひどいものだと思う。

人手不足、それゆえの人材高齢化、若者社員僕ぐらい、職場環境のアナログさたるやひどいもの、休日出勤上等、有給なし、深夜勤務、一日平均10時間労働、...

 

そのような環境で、僕が百歩譲ってその環境を受け入れ、個人として頑張れていても、そのような会社の在り方、「全体を変える」ことにまで注力するほど、正直意欲がないというのが本音である。だからこそ辞めようと思っている。

 

正直な話。僕は、労働環境がブラックじみていても、仕事が楽しければいいやと思っている。(その価値観をもちろん周囲に押し付けたくはないが)

今の仕事は、半分楽しいところもある。だが、本質的な部分で自分の「愛」「関心」に結びつく部分が見当たらない。見つけられない。だから辞めたいと思っている。

 

しかし、見つけられずとも、会社員としてのロールプレイはできる。

いっぱしの、マトモな社会人としてのやり方を身に付けるという意味で、せめて2年ほどはここにいようという思いがあるのだ。

 

仕事を頑張ることで、会社に貢献しようなどとは微塵も思っていない。

僕は、僕としての人間力(ちから)を身に付けたいのだ。僕が「やってやる」と思うのは、ただそれだけが理由だ。

 

社会に貢献、実績、そういうものは知らない。

僕は自分が好きと思う人に好いてもらうためにすべきと思うことをするし、

本当に面倒っぽいことはうまく投げ出したいし、それでもやらなきゃヤバイ!というときはなるべく計画的にやり通したい。

 

自分の時間の使いかた、何に自分にリソースを割くべきか、考えるけど。

仕事をきっちりこなすことに向けることが大きいのかもしれないと思った。

 

それにしても精神論的な言葉がほとんどで、具体性のない日記だな...。

僕は根性論は嫌いだから、この記事は「きついけど、頑張る!!」ていう記事じゃないんです。

「きついきつい言って目を背けている自分は嫌だ!自分を好きになるためにはどうするべきか?状況の改善、打開に目を向けて奔走すべきだ!」という話をしているんです。