レールに乗らざるを得なくなったはずレールガン

もがくしょうもないオタクの脳内

何が成長なんだろうな

成長したか否かなんて、多分自分じゃ分からない。おそらく、人から成長したって評価されて始めてそうなんだって思えるんだと思う。

 

僕が社会人になってから、成長したって感じはしない。

その環境に身を置いて、その環境になじむような、そして労働者としての考え方が少しずつ付いてきただけ。少しずつ。

これは、「そうしていれば身につく感覚」というだけで、受け身でも備わるものだ。

だから、これは成長でもなければ、変化でもない。

「自分をその環境に置いたらこうなる」という結果でしかない。

 

であれば、成長って何だろう。

成長につながるもの。

 

それは、「自分で少しでも『実現したい』と思うことに対し、能動的に動いて、もがいた結果に、以前から少しでも身についたナニか」のことなのだと思う。

しかし、人と人がいる社会においては、身についたものは可視化できなければいけない。

身についたナニかは、「身についた」と他者から認識されることで初めて成長であると確信を持てる。

社会的な成長ならば、自分の実感だけでなく、他者の認識も必要だ。大変なことだ。

 

 

能動的に、ナニかを身につけようと動く。

それを会社でするのって…ちょっと腰が重い。

でも、斜陽化しつつある人手不足のピリピリしているこの会社で、それは通用しない。残念ながら。

動かざるを得ないときに、それでも動かない人間は、本当に腐った奴なんでないか。

僕はそうなってしまうのか、という恐れもある。

それでも、プライベートな時間で追及したいことを追及したい欲もある。

 

何が、何がって、思わなくてもいいのかもしれない。もう足掻かなければいけない。