レールに乗らざるを得なくなったはずレールガン

もがくしょうもないオタクの脳内

くやしい

上司は嫌われ役を自ら買って、僕らにあれやこれやと指摘をする。

恩もあったし、その役目をすることは分かる。

しかし、悔しい。

 

自身を蔑ろにして指摘をするその姿が、悔しいのだ。

 

後輩に理不尽を着せたくない。

反論材料を持って反論をしたい。

 

そのためにやる事をやってやりたい。

アニメ

後輩の一人が、かなりサブカル好きというか、メインがエヴァのオタクであった。

趣味嗜好の範囲は、かなり似通っている。

「こっち側の人間」ということで、かなり話があった。

そして、お互い、物を言うにも歯切れよくズバッというとかでなく、言葉を言う間も、まちまちであったり、明らかに好きなものに対しては、興奮して口数が多くなったりするのだ。

 

 

 

好きだ。

 

 

それは、自分もそうだという、シンパシーからだ。

 

 

 

 

………………

今期みるもの。

●グランベルム

ロボアニメだから。一話目わりと好きだった。

ディフォルメ系メカのアニメは、僕はあまりみてこなかったし、そういう世代でもない。ので、リアタイでこういうもの観るのもなかなか楽しい。

そして、少し前の僕なら、このアニメは見なかったであろう。

なぜならば、女の子のキャラデザに不満を抱いていただろうからだ。

今、アニメ全体というものの流れを少しずつ俯瞰し、受容できるようになった僕には、そのような壁はない。無敵である。

同時にそれは、更にダメな奴になることを意味している。

 

●荒ぶる季節の乙女どもよ

岡田麿里女史がガッツリ関わっているということで視聴。

女子間で繰り広げられる男子的な下ネタの応酬が、聞いていてこっぱずかしいくらいだが、そのキレッキレ具合と安直具合には草しか生えない。終始ニヤニヤしながら観れる素晴らしいアニメ。

 

 

●彼方のアストラ

まだ未視聴だが、漫画は読んだので、アニメも観てみようと思う。漫画、おもろかったものなぁ。

 

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手癖たち。

 

 

 

…………

それにしても、無気力症候群に陥りました。

言い訳くせぇな〜〜。

 

休日、無理矢理でも外に出た方がいいな。

無性に落ち込む。

 

素晴らしいね

今日は、仕事の合間に買い物に行き食料を備蓄。

仕事面でも外回りの時間を作るべくテキパキ終わらせ、この日の個人目標を上回る成果を挙げた。

 

惜しむらくは、部屋にいるときに少しネットを身過ぎてしまったことだ。

それでも、自分で外に出る用事をつけ、外出できたのだから、良かったのだけど。

 

なるべく、自分に外圧をかける生き方をした方が、体は動くよな。

では、趣味に取り組むということで、どう外圧をかければいいのだろうか?

そして、外圧をかける行動に、コストは惜しまない方がいい気がする。なるべく。

 

かけるべきでない所に、お金はかけない。

僕にとってのそれは、「食費」だ。

そして、友達と外食をすることが、あまり好きでなくなってきた。

友達と会うことは好きだ。お喋りはしたい。

でも、オカネの使い方に、悩むのだ。

会って話せれば、もうそれ以上に望むことはない。

 

ご飯を食べるオカネがあれば、ガンプラが買える。映画が観られる。本が買える。

そして…貯めておけば。馬鹿げているが、仮に、愛する人が出来たのならば、いざという時、その人のために、投資を惜しまないことができる。

 

 

………………………………

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実は、ちょっといいことを描きたい。

僕は、ここ最近、30秒ドローイングを再開している。

66日間ルールを信じるのだから、これは絶え間なく、毎日続けよう。

最近の起床時間は1時だ。朝刊前ということで。

 

 

そこから洗顔とコーヒーを入れ、準備を整えて1時15分、だいたい1時40分ほどまで行う。

このルーティンをこなすことが、気持ち良い。

 

お絵かきから遠ざかることは決めた。

それでも、一日のどこかに、詰めておきたいのだ。ほんの数十分くらいの時間ならば、捻出ができる。

また、この時間は、基本的に『不可侵の時間』だ。

深夜帯ということもあり、滅多に、いやゼロといってもいい、人から連絡などこない。

だから、何も気にせず描ける。これは、気持ちが良い。

 

懸念事項は、深夜帯にコーヒーを飲むという行いだ。

起きて間もない、それも深夜という時間に、カフェインを摂取してもいいものか。

体を目覚めさせる、また、「一日の始まりの気合いを入れる」という心構えのために、このようなことをしているのだが、身体的に害があるか、不安である。

この時間帯の砂糖や乳成分などの脂肪分は、明らかに太りそうなので、もちろんブラックで入れてはいるのだけど…いかがなものなのだろう。

 

 

そして…思うことがある。

もし、僕が液タブでドローイングをすれば、デジタルで描くことにも慣れて、一石二鳥になるのではないか?と…。

 

もし、誰かが「ナオは、液タブ買うべきだ」と背中を押してくれれば…僕は買う。

それを買う余裕は、貯金をしている僕にはあるし、無駄な投資とは考えない。

それでも、あるのは、貯蓄が減ることへの恐怖だ。

でも、でも。…背中を押されたい。

 

 

……………

 

ITパスポートの試験日は、28日に延ばすことができた。

それまでに、休日が6回ある。

言わずもがな、休日にいかにガッツリ勉強できるかが、キモだ。

気持ちに余裕ができた。

そのため、平日は、1日1時間を目標に進めようと思う。では、仮に平日に時間が浮いたらどうするか?

ガンプラを作りたい(結局そこかよ)。

 

ガンプラといえば、HGセカンドV、注文しました。

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そして、10月にはMetalロボット魂のHiνも出るので、まとめて注文。すげーー楽しみ。

なんか、最近の財団B、ラインナップがイカしてて辛い。…駄目だよ。引きずり込まないでくれ!!

 

 

 

 

SHIROBAKO神アニメだな

12話まで視聴。

2クールの中の折り返しで一つの大団円を迎え、ものすごいカタルシスを覚えさせる。

それまでに宮森あおいの葛藤、迷い、勢い、ほぼほぼ悩みと隣り合わせで、本当に動くしかない状態で、振り回したり動いたりで、それでも「えくそだすっ!」完成のために奔走しようと、自身の想いをも作品に反映させようと必死になる。それが功を奏し、滞っていた動物の作画パートのスケジュール内の作業完了になんとか間にあわせることができた。

 

 

 

こう書いてても泣ける。本当に泣ける。

 

みゃーもりは、おそらく、自分の内面で、自身の仕事と向き合って、その答えを見つけた…とかではないだろう。

作中、彼女が自問自答する際、二人の人形が会話となって展開される場面がある。

仮に、彼女が自身の仕事に何らかの明確な気づきを得られたのなら、そんな自問自答に対し、人形の言葉でなく、自身の言葉で

「私は、こんなことが、これを望んでいた、これを目指していた」とハッキリ言えるのだから。

しかし、そのような場面は、存在しない。

 

12話において、みゃーもりは明らかな、なくてはならない、超・超ファインプレーをした。

 

「がむしゃらな働きが功を奏した」。

最終話を完成させる…そのためだけにとにかく動いたことが、次に繋がったのだ。

頭で考える暇など…なかっただろう。

 

これが、彼女の実務能力に繋がる、重要な経験となることは明白だ。そこで内面の成長ができたとかなんだとかは、時間が経って気づいて、ふと気づいたら、出来ている、物言いができるようになっている…それで「あっ」と気づくんだろう。

 

 

明確な目標とか、夢とか、それが形にならなくたっていいはずだ。想いがあって、そのために奔走するだけでいいのかもしれない。

 

とにかく、目の前に道があることを自覚して、そこを走ってやる、という意思のもと、進むだけでいいんだ。

なんか…分かったよ。

それで、道さえあればいい。道があると分かればいい。

 

なんでみんな頑張るんだろうな。

そんなのにさ、理由ないよな。結局言葉にできないよな。根底の根底のスキだとか、こうしたいって気持ちは、いくら噛み砕こうと、形はないんだ。だから、言葉に書くことなんて、できようもない。だって言葉にしようとした時点でそれは、脳の言語化というフィルターを通じた、完全なる純度のものじゃないから。

 

 

本当このアニメ凄いよ。いくら何を書いても書きつくせないよ。ありがとう。

 

あと、みゃーもり、自分の至らないところで悩むんだよね。

「あの人すごいな。私は何ができるんだろう」

「私は何がしたいんだろう」

つまり、決して他責にしない。

彼女の悩み方は、建設的なんだと思う。

 

他人の嫌なところがどうだとか、人の何々のせいでこうなっているとか、そんなことでなくて。そういう所は受容できているというか、気にしていない。

その環境にいる、自分の精神性が、どのようであるべきかに悩む。

いい悩み方だと思う。共感をする。

 

 

あとね、エンディングめちゃめちゃ大好き。

Animetic Love Letter」。この曲何から何までこれ本当に大好きなので今度記事書きます。

Apple Musicであったのでヘビロテで聴いてる。

 

 

………………………………

 

部長から、あるプロジェクトの話をされた。

メンバーは、僕と後輩2人。

新聞販売にあたり、その販売促進の為の研究、および販売促進システムの開発…を9ヶ月ほどかけての期間で行って欲しいとのことだ。

それを、メイン業務と並行して。

 

大卒で入社し始めたのは、僕が最初だ。

今年から、後輩も入社し始めた。

 

必然的に、僕がリーダーとなった。

 

この企画は、手探りで挑む必要があるだろう。

 

そもそも、僕は、どのようなモチベーションを以って、これに臨めばいいだろう。

 

しかし、日常の仕事とはまた別で、その変化に対し、刺激を感じたことも事実だ。

 

先の僕の言葉に則れば…

この話を振られたことは、「道」を示されたということなのだろう。

 

 

うまくやってみせますよ。

 

でも、僕、躁状態っぽいかな?

なんでもいいさ。

 

……………………

 

後輩の一人は、明日がシフト休みだ。

のだけど、お客さんに訪問の約束を取り付けたという。

しかし、その内容は、届け物をする程度だ。

 

そこで僕は、彼に代わって届けるよ、だから休んで、と声かけた。

 

僕の第一声に対し、彼は「ん〜〜〜〜でも…」という反応を見せた。

とても高い士気なのだろう。そして、営業職に答えや定石などないから、少しでも足を運ぶと。

でも、僕の考えは、休みなのに、ほんのこごとのためにわざわざ出てくるのは、嫌だと思った。

世の中は、働き方改革を求めている。

 

…というのは、どうでもいい。

「休日扱いだけど、出るか!」 

この言葉は、大いに矛盾している。

そして、こんな矛盾の気持ちに囚われてほしくないからだ。こんなの、ストレスになるに決まっているからだ。本人の自覚、無自覚に関わらず。 

 

僕は、休みの日はしっかり休んでメリハリをつけて欲しい、別にこういうことで代理の人がきてもお客さんが不快だとかなんだとかはないから、など伝え、彼に了承してもらった。

 

 

僕は、正しくホワイトな人間でありたい。

そう思って、彼には休むようお願いした。

 

僕の行動は、ある側の視点からすれば、間違っているだろう。

それでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

勉強 4

僕より頭一つ、ふたつくらい背の小さな後輩。

彼が、自分の背丈で届かないほどの高さの、天井近くの棚の扉を開けようとした。

届かないものだから、椅子の上に立ち、それを開けようとしていた。

 

僕は、そんな彼の様子を見て、内心「ちっちゃくて、かわいいな」と思った。

しかし、このような感受性は、愚かだ。

 

そんな後輩の様子を見た上司は、彼が倒れないようにと、近寄ったときに椅子を抑えた。

 

その様子を横目に見た僕は、デスクワークを再開した。

 

…その後、彼が開けようとしていた扉に手をかけた。

僕ならば、難なく手が届いた。

であれば、さっき、あの場面で、すぐに自分が開ければ良かったのだ。

「届かないんだね。僕がとるから」

こう言って、自ら動くことすら出来ない。しない。

 

僕は…そんなに気の回らない人間だったか?

自分が嫌になった。

 

届かない彼の様子を見て、面白がるほどではないものの、微笑ましく思うだけとか、手を差し伸べさえしないのは…

自分が唾棄したいと思う、『誰か一人を貶し嘲笑する対象とし、大勢の笑いを買う』、いわゆるテレビバラエティ的感性に通ずる所があるようにすら感じた。

寒気がする。その感性は、蛮人のものだ。

 

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p93まで

 

ITパスポート、システムやその政策工程、セキュリティ云々の勉強かと思いきや、

会社の構造、仕組み、といった資本主義社会における組織運営の話を広く掘り下げるものだった。

 

僕は、経営学部の学生だった。

そのため、今の勉強内容は、かなり身に馴染みがある。

 

ITパスポートの勉強は、かなり為になる。

そして、僕くらいの年代は、皆持っておいていいんでないかというくらい、普遍的な知識体系が凝縮されている。

…というより、日常的に何らかのニュースメディアに触れて、その内容を理解できていれば、基本的に馴染みのある言葉たちが出てきている。

 

勉強をするという行為は、やはり大変である。けど、面白いとは思う。

 

 

 

……………………………………

 

SHIROBAKO、相変わらず面白いなぁ。

11話くらいまでみた。

 

誰もが、今この場に居続けていいか揺れる。

そして、実際に行動に移す者もいる。つまり、離職である。

 

人と人って、利害の絡む場において、やっぱり関係性はすごく取り留めのないものだ。

どんなに通じ合っている、運命共同体だと思っていても、ふとした拍子に、そこを離れようとか思っていたりする。

そんなの、見抜けない。

 

夢だとか目標だとか、一言でいえても、

「じゃあそれをするのに必要なことは?」

「もっと具体的に言えば、それを果たして何になりたい?」…噛み砕いていくと、またも分からなくなる。

それでも、時間は流れるし、皆、手を動かしている。

だから、自分も動くしかない。だけど、思考が追いつかない。

 

結局、どこまで言っても、究極的には、意思だとかなんだとかっていうのは、揺れるものなのだろうか。

愚直である勇気と、敢えての視野の狭さは、必要である気がする。そして、それに騙されてやろう…という度量の大きさ、潔さ。

何を手に入れたいんだ。何を失いたくないんだ。

 

SHIROBAKO、単にアニメのお仕事を描く…というだけでなく、

「憧れからその業界に入ってもなお、現実に忙殺され、具体性に欠ける自身の想いにもぶつかり、揺れる」という、業界人として抱えそうな内面を描いている。だから、普通に「お仕事もの」としての面白さを、とても感じる。

普遍的な、「ここでやっていけるのかな?」「私の夢は、何だったろう?」という迷いを描いている。

 

みゃーもり頑張れ。僕も頑張る。

 

そう思える作品。

…いいわ!!

勉強 3

貰い物だが、缶ビールを飲んでいる。

ビールは、まずい。

24という歳を迎えたが、ビールは、飲めはするが、好んで飲みたくはない。

個人的に、ビールは、味を楽しむものでない気がするからだ。

ワインは、アルコールのクラっとくるようなどぎつさと、果実の香りと、その凝縮された味など、五感の多くを使って楽しむことができるから、好きだ。

しかし、ビールは、それを楽しむのは、五感を使ってなのだろうか?楽しみ方が、分からないから、好きになれない。

 

ある時、友達が言っていたことを思い出す。

「ビールはノリで飲むんだよ。味とかじゃなくて」

これは、そう思う。

現に、今一人で飲むこのビールは、何を楽しみとして飲めば良いのかわからない。

おそらく、それを飲むときの感情をトリガーとして、それを増長させるべく、飲むことが、ビールを摂取するコツなのだろう。

「今日も一日、お疲れ!俺!ビール一杯!」

というような動機で飲むのが、一般的なのかな。

でも、僕はそうでない。イヤに根が曲がっているのだ。

「今日は一日…疲れはしたが、この程度で疲れたと思って良いのか?余計なことで疲れてはいないか?どうすれば…」

と、振り返るというか悩み、こんがらかり、ちょっと自暴自棄になる。

そういうものを吹き飛ばしてくれるのは…

僕にとっては、ワインの香りと、味だ。

「考えてもしょうがない…いい匂いだ!いい味がする!…ア…酔いが回ってきたな…」

僕のアルコールの摂取の仕方は、このようなものだ。

 

…………………………

 

 

77ページまで。

進捗…悪いね(^_^;)

実は、モチベーションを殺すことがあった。

23日を試験日として、休みを申請した。

それを段取りしてもらう手筈だった。

しかし、それが崩れた。

 

つまり…人がいないから、23日に出てくれ、となったのだ。

 

泣きそうになった。

 

だが、どうにか都合してみせる。

 

 

 

 

 

…………………………

SHIROBAKO相変わらずおもろい。

なつぞらもいいけど、こっちもいいよね。

 

ぶっちゃけ、アニメ業界への憧憬の念は出てきちゃいます。

でも、今は、エンタメとして楽しみます。

 

勉強……を早速できなかった

アアアアア!!!!!

 

寝る前にパラパラっとめくることだけはする。

 

仕事が片付かない。

そして、終わりが遅くなり、家でも作業をし…という有様。

 

どうすれば良いだろう。

僕は考える。

降りかかるタスクを、とにかく終わらせるのであれば、いくら時間をかけてしまおうが構わない、という考えであった。

そして、残タスクが、一度ゼロになってしまえば、そこからルーティンワークしつつで、考えながら仕事ができるようになってくるだろう。

…という、幻想を抱いていた。

これは…本当に実現できるか?

 

「運命とは、理不尽である」

「自身の運命の行く末は、自身では決して占うことはできない」

これが、ニーチェのいう言葉だった筈だ。

それら理不尽は、受容することで、次に進む糧とできる。

何事も、思い通りには行かないということだ。

だから、「運命愛」の概念が必要となってくる。

 

 

…………

SHIROBAKOマジで面白いな。

社内の行き違いだとか、伝達不足で起きる諸々のトラブルだとか、本当あるよね。

でもそれがこう、作劇で描かれると、共感できるけど、なんか物凄く滑稽で面白いんだよな。

自身を俯瞰したときの可笑しさという感覚を思い起こさせてくれる。

そう思うと、気楽になれるし、気力も回復する。

 

 

僕が今日見たのは4話だ。

この話では、「エフェクトは、3DCGで表現するか、手描きで表現するか」という問題が描かれる(本題は、それよりも、この問題から発生するスタッフ同士のすれ違いだが)。

この問題は、まさに今という時代で、人類全体が深く考え、向き合わなければならない問題と思っている。

 

オートメーション化か、クラシック方式か。

 

どちらも一長一短である。

自身が丹念に作り上げた成果物が、デジタル方式ではその数分の一で出力される。

それを目の当たりにすれば、「俺のは何だったんだ」という否定的感情、自身の尊厳を脅かされる動揺を隠せずにはいられないだろう。

 

しかし、手作業を重んじる者が、機械化に対しての文言は、いつもこのようなものだ。

「汗水垂らさずできたものに、感動なんてあるものか」

「俺はこんなに苦労したんだぞ。ふざけるな」

このようなロジックは、感情ありきのものである。

「機械化」と「手作業」を共存させるに、両者を納得させられて、かつ、体感としてそれを腑に落ちるような、論理的、身体感覚的にフィットするロジックが、今という時代には必要とされる…と、強く思う。

一方の側が、他方を否定するのではない。

「合理性」と「情緒性」の共存…これが、理想的な機械化と手作業の両者のあるべき道だと感じる。

そして、このような二項対立を以って語られることなどない時代が来るのなら、それほど嬉しいことはないとも思う。

 

僕たちは、かつて動物だった。

そこから「人間」とされる存在へと移り変わるにあたり、ある能力を身につけた。

それが、論理性である。そして、言葉である。

これは、刹那的に行う行動が、どのような因果から生じたものかを、体系的に解説することを可能にした。

同時に、言葉というものが、それを発信することを可能にした。

 

僕たち人間の営みは、本来後付けであるような論理性をも考察し、実証することを繰り返し、そうして世代を重ねることによって、

論理に裏付けられた行動を、手順を簡略化させ、瞬間的に行うことを可能としてきた。

それは、進化とか、洗練といえることであろう。

 

であれば、合理化を求めて生まれてきたような作業形体、作業媒体が登場するのは、至極当然といえよう。

 

しかし、地球に命が生まれて、一体何億という時間が流れたか。そして、人間というものの歴史自体、その内で、まだ長くあった訳ではないだろう。

命が、人間という形体を有するまでは、言葉などもちえなかった。それは、「合理」を持ち得なかったということだ。

 

まだ僕たちの遺伝子の中に、永く紡がれてきた、動物としての記憶が残っている。

だから、その時その時を必死に対処し、うまくやっていくための力がある。それが、感情や、情緒だろう。

これは、決してないがしろにしてはいけないものだ。

 

 

……話、まとまらないね…。