レールに乗らざるを得なくなったはずレールガン

もがくしょうもないオタクの脳内

自信を喪失する期

にまた陥っている………

のだけど、こんな書き方しといて何だが、対処法もどうすればよいか、とりあえずわかる気がする。

 

自信を失わせる原因となったできごと、それらを書き出して、じゃあどうすれば良いか、を実行するということだ。

 

でも、難しいや。

そこでちょっとでもやるかやらないかが、希望と絶望の別れ目というのだろう。

 

さて、最近仕事の負担も大きくなり、いよいよ疲労という具合なのだけど、自分のことにゆっくりかまける時間は1日1時間でも欲しい。それは、どんなに忙しくてもそうしたい。

 

そうできるように頑張る。

未だに、タスクを書き出して時間を捻出する術が下手っぴだ。せめて今の会社にいる間は、うまいことタスクをこなしたり、問題なくコミュニケーション等立ち回れる能力を身につけるべくせねばと思う。せめている間は。

 

が、思うこと決意することは無意味だ。

そこで今の僕の実行する術はただ一つ、タスクを紙に書き出して終わらせる、終わらせられるようにする、これだけだ。で、それぞれにいくらの時間かかるかの試算をするなんてのはまだいいな、こなすことを考えます。

 

 

かつては好きくない言い回しだったが、PDCAを回して自己成長のサイクルを自分で作れるようになりたいとはまじで思うのでこの半年でなるべく自分で定量化できるようにしていきたい。

 

僕ね、今思いっきり中間管理職真っ最中。

なんでこんな事なってるんだろ。

もう、色々考えるのも意味わからないので、まあやるしかないか〜〜〜〜という具合。

わけもわからずエヴァに乗せられて戦うシンジ君か?無我夢中でやって、できてしまって戦いに参加するウッソ少年か?

でも僕は、今この状況を望む望まざるに関わらず、少なくとも自分で選択して今の会社にはいる、いてしまっているので、その分は彼ら少年とは明らかに違うだろう。

 

 

 

あ〜〜〜〜あ、マジでがんばれ僕!!!!!!!

本当は人に「忙しい、辛い」と言いたいのだけど、話を聞いて事情を知るうちに「この程度のことで忙しいと思う程度のキャパの人なの?無能…」と思われるかもしれないのが怖くて言えずにいるし、不幸自慢かよ!けっ!と思われるのも怖くて、誰にも辛いとは言っていない。

 

辛いのかもしれない。でもピンチはチャンスという言葉も知っている。

だから、乗り越えれば僕は自分を好きになれる、強くなれる。

だから一人で全部やってやる?

 

が、こういう抱え込み癖が人を壊すのだろう。組織の血溜まりとなるのだろう。ごめんね。

 

究極的に僕は、人を信じられていないんだな。

 

社会人となって、例えば去年と比べれば、少しは冷静な目で、誰に落ち度があるか、責任があるか、わかるようになった気がしている。

で、他責にはしなくなった。が、やはり自罰的すぎるのかもしれない。そういう歯切れの悪さが、人を不安にもさせるのかもしれない。

 

健やかで爽やかで笑顔でいるというのは…難しいよね。

僕にとっては、大変なことばかりだもの。

こうやって、難しいとか大変だとか、そういう捉え方をすることはネガティブと思わしいが、やはり直感的に言葉を選ぶならば、そう形容するしかないのが現状の僕のメンタリティなのだ…。

 

行間 2019年10月21日

●キャッシュレスに嵌まる
 国の方針がそうだということで、僕もそれに従うこととした。所属する国家に尻をたたかれて、生活スタイルを変えようと、今更重い腰を挙げるというのだ。
齢24歳にして、変化におっくうであってはいけないという、ちょっとの焦りの念があった。
ここでクレジットカードを作る、電子カード化等に切り替えるというのは良い契機であるかもしれない。「キャッシュレスなら○○%還元」は、僕にとって良いインセンティブであった。
ま、そんな雀の涙程度の差額よか、元から安いものを探して買うことが一番であろうが...しかし安いものを探すことも時間的リソースを割く行為だ。
ともかく、キャッシュレス割引云々はともかく、できるだけあらゆるものは現金支払いから遠ざけたいというのが僕の念だ。キャッシュレスな生き方かっこいいぜ。しかも財布開いガチャガチャしなくていい。カードをシュッてするだけだぜ。短時間でおわる。ビジュアル的にもカッコいい。最高にスマートである。てか、何故今までこうしなかった。
...手続きが面倒なのよな~~、今思えば。だけど、それで一度手続きしておけば、後で財布を開いて現金を確認して出す、なんて行為を幾度となくする時間と比べれば、前者のがよほど短くすむということは分かるし、トータルでみればこちらのが時短よね。

~最近の消化作品~
仮面ライダーアマゾンズ Season2
すげ~~~~~~~よくできてた。泣いてた。
当初、千翼とイユってなんだよ?ポっと出困るな~~~ええい新キャラはいい!悠を出せ悠を!となっていたものの、物語が進むに連れ主要キャラの人間関係の矢印が、悠、仁、駆除班の大きく3つに集約されドラマを畳むという構成が素晴らしくて舌を巻いた。
そしてそれぞれに、人間とアマゾンという二項対立の「どうしようもなさ」を訴えてくる。

この作品は、主要な登場人物それぞれが、対立する者に対してある種の「甘さ」をもっている。
美月なら悠に、駆除班ならマモルに、仁ならば七羽に、千翼とイユは、お互いに...。
これらの人物は、人間とアマゾンという対立関係ではいるものの、境遇やコミュニティには共通点がある。
共有するものがあるから、「狩る対象」として徹しきることができない。それでもどこかで折り合いをつけなければいけない。それは、互いの境遇からしてそうなのだ。

折り合いをつけなければいけない結果として、アマゾン側は、千翼をはじめとして、まるでその存在を許されぬかのように命を散らしていく。

アマゾンを生み出したのは、間違いなく人間のエゴによってである。
そしてアマゾンを終わらせる事由もまた、人間のエゴによってであった。

おそらく、その事実を一番強く認識している人物でもあるのが悠と仁であり、彼らはそれぞれ「アマゾン」、「人間」として、両者の立場からその代償を一身に背負っている(し、覚悟をしている)。

・千翼の最期
個人的にだが、彼はおそらく、オリジナル(覚醒)形態(?)にはならずして戦いに敗北し、散ったのだと思う。それは、アマゾンでもなければ人間でもなく、『千翼自身として』、彼自身の人生を全うするためだからだ。もっとも、彼は最期の最期まで生き抜くことを諦めなかっただろう。明確に、「生きたい」と願っていたのだから。
千翼自身のパーソナリティの根幹は、真っ当な思春期の少年のそれなのだ。「恋する女の子に惚れて添い遂げたい」これだけだ。
しかしながら、それを阻むものがあまりにも大きすぎた。なぜならば、彼自身の出自もそうだし、イユ自身の事情にしたってそうだ。


う~~んこの作品、脚本の巧さが半端でないと思う。Season1からSeason2に切り替わるにあたって登場人物を増やしたにもかかわらず、それをうまく畳みきる手腕。本当に見事。
「ヒトか、非ヒトか」をテーマに、そしてそれらの二項対立の闘争を描く作品...なんかで、寄生獣が思い浮かんだのだけど、この作品、寄生獣のテーマ性を見事に刷新している気がする。まあ、刷新した結果、これらの対立の根深さにはある種の「どうしようもない」という結論も叩きつけたようで、ちょっと絶望というか、残酷な一面もある気がするが...。

●グランベルム
最近やっと最終話を見終えた。なんか視聴に間が空いてしまったためか、まともな感想が出せそうにない。最終話だけの感想でいったら、戦闘コンテがガンダムというか富野作品的すぎてなんともいえない気分になった...。
ファンネルと前方位レーザー、ピンチ時の緑調の色彩変化、カットイン、NT的「閃き」がよぎる演出、そして構図まんまなのが、水晶がトドメをくらったときの断末魔(=シロッコ)からの「貴様の魂も一緒に連れて行く」と同じ構図...。
うーん、ギャグとして描くなら「パロディですよ~~」っていう自嘲を感じられていいんだけど、この作品そうでないからなぁ。かなり真面目に「魔力は必要か否か、なぜ魔力を欲するか」についての問答を全編通して文字通り命を散らして対決をし合う作品であったのに、そこにこうも分かりやすいトレス的表現をされてちょっと真顔になってしまった。
まあ、ガンダム的演出でいえば、カットイン、戦闘時の問答なんかは全然許せるけど、武装とコンテまでかぶせられては...という感じ。
でもこの作品はやはりオリジナルアニメとしてのどこか気概を感じられた。少なくとも真・主人公たる新月は「魔力を無くす」ことの決意をし、それを成し遂げた。そしてその代償も引き受けた。この過程を描ききったという点では、ブレずに作品を描ききったということでもあろう。そういう意味では、スジの通った作品で好感がもてる。
惜しむらくは演出技法や、先述したようなコンテなんかだと思う。おそらく「お話の盛り上げ方」にちょっと失敗してしまった気がする。
でもこういう作品が後の大作のプロトタイプだったりするんだぜ。今にみてろよ~~(何様気取りだ)。

仮面ライダーゼロワン
5話まで視聴。第3話は録画し損ねて未視聴(憤慨)。
ともかくこの作品、とにかくフレッシュな雰囲気。で、各話で訴えてくるメッセージ性なんかはとても分かりやすく、でもダイレクトな台詞回しでこっちに響いてくる。
この作品もお話作り巧いと思って舌を巻く。
毎話毎話、究極的には「人間とAI(≒ヒューマギア)の共存の在り方」について、様々な立場の人間を配置し登場させることでその可能性を描いていく。
これは半ば思考実験にも近しいかもしれない。
ただ、このようなイマジネーションは、確実に必要である。それも、純然たるデジタルネイティブ世代ともいえる今の小学生など、メインターゲット層には特に馴染めて、そして再考させ、身につけておいて損はない、「根幹の価値観」である。
その根幹の価値観とは、「AIは人間と共存可能な、善い存在である」ということだ。

昨今の、たとえばシンギュラリティやオートメーション化技術に際して注目される話題は、その技術の導入や刷新性よりも「人間の労働力が代替可能となってしまい、不必要とされることの恐れ」が注目されることが多い。新技術の到来は、まるで恐怖であるかのような論調だ。とりわけ年齢とともに悲観論に傾きがちな世論などは、そのことにだけ目を向け、AIや技能の「たのしさ」「面白さ」「新しさ」なんかに、目を向ける労力を嫌ってか背けがちなのだが、そうではないということだ。
そして、これは僕自身にもいえることであり、そのほんの数ミリのステップとして、先述もしたようにキャッシュレスで生きられるようにライフスタイルを少しでも変えようとしている次第である。要するに時代に合わせてちょっとずつ自己を更新して、でも根幹は忘れないで生きていきたいねということだ。終わり。
でもそんなことより、「新しいもの大好き詳しいの」ってなりたいだけかもしれない(歌マス並感)。

 

 

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手癖で描いた女の子。正味思うけど、露骨なオタサー姫っぽいというかメンヘラかも感ある格好の子と仲良くなりたい(願望ダダ漏れ)。

コピックの楽しさと複雑さを改めて知ったけど色塗りやっぱおもろいわ。

 

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Switch liteオシャンティー化計画。

Switchの周辺グッズ、Amazonで調べるとあまりにもありふれていて驚く。

未だにソフトがない問題。まあポケモンでガッツリ使ってやるから覚悟しろよ!

あとGジェネクロスレイズ、まじめに欲しい…。

原作再現の緻密さと派生作品の網羅がめちゃ丁寧でめちゃ欲しくなった。というかオルフェンズ目的。ルプスレクスの戦闘アニメで唸る。

 

 

あっちゃんかっこいい〜〜(雑メモ)

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eスポーツについて、中田敦彦の動画(youtube大学)より

●会場設備
・海外(米国)には複数会場がある。その場のプレイヤーと、観戦設備の両方
・韓国にも1つできた。
・日本もある。よしもと∞ホール。しかしこれは、お笑いなど舞台会場と兼用。


(人的環境)
・プロゲーマーとストリーマー
・実業団ゲーマー...社会人ゲーマー集団
ex)デバッガーをプレイヤーとして雇う。
→オーディエンスがいるかどうか?が課題。
「みる」の周知...オンライン上だけでなく、オフライン上でも。
ライトユーザーへの配慮。ポップである。楽しめるポイントのバラエティの豊かさ。
自分が楽しめる+見る側も楽しい

ショーアップ→見える化
・スポンサードプロストリーマー
・観戦型会場が増えてくる

注目すべき事例
レインボーシックスシージ
→クロスプレイ
太平洋側

2019/10/13 雑記

超・スーパー・雑記。

 

「フォーマットに拘る奴はカリスマ性がない」(中田敦彦
「面白さ、効率の良さ、正しさで、他人に響く順番でいえば、
面白さ>効率の良さ>正しさである」(宇野常寛
最近Youtubeでみてて印象に残った言葉たち。
それの実践という形で記事をかく。

どういうことかというと、この記事は全くフォーマットを意識していないということだ。
自分の頭の中を、ブレスト的に、推敲すらせずに、ひたすら思い出すようにこれまでのインプット事項を抽出するという術を実践している。
そのインプット事項の社会的価値如何よりも、「それをする」という行動のルーティン化と洗練化を目的とするものだ。

これを何故するかというと、「したいから」だ。将来ビッグになってやろうとか、別に目的があるわけではない。単純に、僕の脳が「そうしろ!!!」と命じているので、そうしているにすぎない。そして、そうすると気持ちいい。どうやら、他者の目など気にしていないようだ。マイペースでこれをするという人間になれれば、最強じゃないか。
おそらく、そのタスクを終えた後、報酬系が活性化されている自覚がある。それを得たいがために、しているようなものだ。
また、「痕跡」を、なるべく可視化できるように残しておくと、先々の自分と、過去の自分はどうであったかなど、比較検討ができる。
...等々あり、自分にとっては「記述する」ことはとても大事というか、やはり好きな事だと思うのでそうすることで一石何鳥にもなるというものだ。理屈が長いなぁ。
さて、こういう理屈も、「見る人」を意識した場合、理由を箇条書きで書けばいいのである。しかし、それをしないということはつまり、「フォーマットを意識しない」ということだ。
けれども、上述した「カリスマ性」を求めているわけでもない。
僕はたんに、したいことをしているだけなのだ...。
で、この「したいことをする」理屈は、宇野さんの理屈でいう「正しさ」に一番当てはまる行為だと思う。当然、それを追い求める行為であれば、人に響く度は低いと思う。
第一、ここまでのただの文章の羅列で、僕のこの、ともすれば駄文かもしれない文章を読んできた人などいないだろう。僕がこれを他者のものとして見たなら多分、読まない。
しかし読んできたのなら、あなたは正しさを追求する節がある人なのだとも思うし、それは僕自身にもいえる。その部分で、通ずるものがあるのかもしれない。
「正しさ」の定義など、この際おいといてさ。ニュアンス的なものとして捉えてください。

さて、ではフォーマットなど拘らないとしたこのやり方で、「じゃあ自分で非公開でチラシの裏にでも書いていればいいじゃない」という論が出そうなものだが、これは違うと感じられる。なぜなら、そうすること、眠らせておくことは損失だからだ。

返報性など意識せずとも、自身でコンテンツの糧に、ともすればできそうなものは置いておく。そして、人の目に周知されるかもしれないというチャンスは、ほんの一ミリでもあったほうがいいというのが僕の予測で、そういう理屈からこんなことをしている。
ので、この文章は消さない。たたき台たり得るかもしれないからだ。
そして、おそらくこれは、ともすれば先々の自分の価値観からすれば、黒歴史モノ、失笑モノである。しかし消さない。


自分で文章を書き連ねているのだが、論理構成はきわめて歪であるという自覚がある...。
で、以前自分で記事に書いたような「方法論を論じるのはやめたい」という考えからも、これは大いに相反している。かなり思い切り、方法論について記述をしている気がする。ようするに、ブレている。草である。

そういうブレは、真面目な人ならば深刻にとらえ、自己完結的にでなく軌道修正を図ろうものかもしれないが、僕はそういうとらえ方をするのをちょっとやめた。半ば、自分を自嘲的に捉えるというか、こういう無意味に、ヘンに真面目な気質(なんちゃって真面目君)についても、自分で許してやり、その面に関しては少し甘やかすしかない気がしている。
「僕またブレてるな~~~まあなんか行動自体はしてるからいいや!w」
つまりこういうことだ。そしてこのツケは、確実にどこかでくる。そのときに絶望するだろう。けど仕方がない。もっと若い10代のときに、本来の絶好の「詰め込みどき」に怠けてしまった人間には、その怠け癖がつきまとってしまう。それを一朝一夕に治すというのは、どだい無理な話めいて思える。ので、ちょっとずつ甘やかすように、でもタスクは目的性を何かしらもって意識的にこなせるようにこなしていきたいと思う。
こういう目的意識だとかなんだとかは、所属集団とか人間関係含めて、本当にある程度大学時代に洗練させることが人生の勝ちルートだと思うのね。あんまり「勝ち」とかいう言葉使いたくないけどね...その意味すら揺らぎつつある時代にも思えるし。


●買ったものと、そのインプット

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逆襲のシャア関連
各種パンフなどを漁り、買ってみた。
出渕裕氏「MSデザインはともかく時間がなかったためオーソドックスなものになった」
→νの設定とダブってどことなく、奇しくもメタい。そしてこのように産まれたデザインが、30年と語り継がれ人気MS第一位に輝くのだ。ν最高だぜ。
・富野監督
「もし、あなたが女性ならば、男とはこういうものだよと分かってやってください。」
→これはかなり露骨なドラマだし、わりと思った通りのことを監督がおっしゃっていた。
ほんとその通りで、「男ってこんな生き物」って感じの作品だよね、逆襲のシャアは。
自分の知っている中で、一番男を描いている作品な気がする。でもきっと富野監督はそんなことよりクェスを、ナナイを描きたかったのだろうなぁ。すごく女性キャラクターもエキセントリックでステキだけど。
正直、男の内面をわかってくれ、て、女性にいうのなら、本当にこの作品を観てほしくなる、僕はこんなことしか思えないんだ、という感じでさ...。

「作画面は見苦しいものもあるが、若いスタッフ達が頑張った結果である。見てやってほしい。そして彼らの成長になってくれれば」
→いや、十分すごいんだけど...。止めで見れば確かに線はぐにゃぐにゃだったりするが演出技法がピカイチ。まあその演出技法が監督由来だからこそ凄いものになったのもあるのだろうか。

◆HELLO WORLD書籍やグッズ
・パンフレット
★渡邊大輔氏の書評「同作品はセカイ系の「君とぼく」という想像力を、「私」という要素を介入させることによって更新させた」

 →これによって僕のHELLO WORLD観が一新させられた。確かにその通りだ。主人公片割れたるカタガキナオミが、ヒロインたる瑠璃を(多少の我欲もあって)救うためにアレコレやっていたのだが、瑠璃もまた、そのことにより対価を背負ったカタガキナオミのために動いていたということが明かされ、そしてそのからくりから再び作品を視聴することで作品観が変わるというものだ。
「ぼく→君」の矢印が、実は、「君→ぼく→君」だったというような作りになっている。
この作品構造のおかげで、「主人公」「ヒロイン」の救う・救われるの関係を一新することができていると思えた。というわけで、また観に行きたいぜ!!!!!!!!!!
繰り返し視聴をすればするだけ面白いであろう、かなり中身ぎっちりの素晴らしい作品だと思うので、Blu-rayはほしい。というか、SF作品ってやっぱり作り込みを紐解くところにも良さがあるのよね。

★量子記録装置こと「アルタラ」、名前の由来は「ALL TALE(すべての物語)」。
京都市内すべての物語をもれなく記録、記述することから。


・スピンオフ小説「HELLO WORLD if _勘解由小路三鈴は世界で最初の失恋をする_」
→どうやらAmazonでの評価が、本編の、しかも脚本担当の野崎まど氏のノベライズ版よりも、めちゃ・評価が良い。なので購入。本日届いたばかりなので、未読である。というか、小説はコインロッカーベイビーズが読みかけだ。

◆漫画
・オオカミライズ(1)
伊藤悠女史の新作。ということで、元から興味はあったものの、買っていなかった。衝動的に「買いてぇ!!!」てものは、多分自分にとってとても摂取することで喜べるものだから、そういう衝動は我慢しちゃだめだ。よほど高すぎて自分の生活とか今後を脅かすでもない限り。
そのシチュエーションは洋画的でありながら、舞台もそうだが、線のタッチは「日本的」であることを感じさせられる。そして大胆で迫力ある作画という絶妙な塩梅が、とても独特なにおいを感じさせられて、やはりめちゃイイ。ファンとしての感想だ。
戦闘シーンもとても迫力があり、まさに「一触即発、生きるか死ぬか」を文字通り絵で描いている。オオカミ人の爪に切り裂かれれば死ぬ。血を浴びれば死ぬ。そういう暴力と暴力の応酬がハラハラするし、「重い一撃の応酬」という戦闘風景は迫力があってイイ。

・荒ぶる季節の乙女どもよ。(8)
→未読。結末をみるのが怖い。アニメも最終話だけ観ていない。
何が恐いかというと、やはりお話のたたみ方に不満が出れば、どこか「今までの時間を返せ」的感想が浮かび上がってしまうからだ。まぁそんな1か100かみたいな価値観はちょっと過剰な気もするけど、そういう感情が腰を重くさせていることも事実である。
それもあるし、好きな物語だったので、終わりを迎えるのはサミシイ。それで観れていない、読めていない。ま、単純に消化が追いついていないのもあるか。

◆小説
コインロッカー・ベイビーズ
恥ずかしながら、僕は村上龍という作家を知らなかった。この作品の発行は、1980年。ガンダムが、イデオンが放映されていた年だ。それくらいの認識しかない。
だが、そのような認識から推察されるに、「アニメ」などはやはりアングラ文化であったり、キッズカルチャーとして、低俗にみられている節は未だあるものとは考えられる。
そして、インターネットもないものだから、そうなると、「高尚なもの」としてのカルチャー物の中で、必然的に「小説」はある程度のパイを占めることも考えられるだろう。
そして、村上龍という人間は、作家としての地位が高い人間であった。この作品もベストセラーであったというし、要するに当時の時勢や時流、カルチャーの文脈をたどるには、うってつけな作品であると僕は考えられる。
...という理由は、副次的なものだ。なんでこんなものを読んでいるのか。
それは、「荒ぶる季節の~~」の登場人物、「本郷先輩」「ひとと」こと「本郷ひと葉」の愛読書に「コインロッカー・ベイビーズ」なる作品が挙げられていたからだ。
僕は、この作品のキャラクターが好きだ。なので、それぞれのキャラ設定にあった「愛読書」をざっと調べてみたのだが、この作品が最も読みたくなって、それで現在読んでいる次第である。
そしてやっとだが、途中まで読んでいるこの作品の感想。
どことなく病的だ。アングラ的雰囲気も感じられ、文体も模範的なものとはいえず、地の文と会話文も切り離していたり、そうでなかったりする。句読点の使い方も独特である。
しかし、面白いのだ。そのどこか自閉症的な文体の雰囲気が、個人的にはとても惹きつけられて読んでしまう。ストーリーもだが、文章そのものの醸し出すそれが、エキセントリックなのだ。良い物を読んでいる。
で、これは万人受けする物ではない気がする。でもこういうのが僕は好きだ。


ファンタジスタドール イヴ
HELLOW WORLDで、野崎まど氏に興味が沸いたので、氏の作品群から気になるモノをポチってみた。なぜこの作品を選んだか。
ファンタジスタドール」は、谷口吾朗監督が、とうてい手がけそうもないような「美少女モノ」に携わった作品である。しかし同監督はSFを得意とする人だ。そのノベライズ版たる本作を手がけているのも、同じくSFを多く手がける野崎まど氏。このコラボレーションが、しかも「ファンタジスタドール」という作品を通じて実現するという、実に奇妙な現象が発生していると感じられた。この驚きからポチってみた。
それはともかく未読!!いつよもうかな~~~~!!!!!

◆視聴した映像作品等
仮面ライダーアマゾンズ Season1
ウォオオオオオオオッッッッ!!!!!!!アマゾンッッッッ!!!!!!!!
どっかで「4分でわかる仮面ライダーアマゾンズ」だかの動画をふと視聴して、視聴意欲が沸いてその動画をネタバレ嫌って途中でみるのやめて、アマゾンプライムで本編視聴。
ダークでバイオレンス。そんな雰囲気か。僕はこのような作風は大好きである。
人かアマゾンか。天然のアマゾン、養殖のアマゾン。赤と緑、二人のライダーの対峙。
こういう象徴的な二項対立、しかし落としどころを見つけられないようなテーマを掲げる作品というのは、本当に好きだ。
そんな訳で、僕は主人公の一人であろう悠に、がっつり感情移入をした。
彼の自己肯定は「守りたい者は守る」という自身の感情に起因するものだ。
そして、その理屈はエゴイストであるように感じるが、彼自身はそもそも、青年でありながら、そもそも過去をもたない「人ともアマゾンともつかない、それまで空白を経た存在」なのだ。つまり、人間の理屈からすればエゴそのものでも、彼は悠その人としての信念を確立している。そういう意味では、超越した精神性を獲得しているといってもいいし、これはいわゆる「無敵の人」だとかのロジックを展開する者にも通ずる精神性だ。
主人公の片割れなのに、どこかラスボスにも通ずるような信念を展開するそのキャラクター像には痺れた。そして、彼個人は至極真っ当な、身内には誠実な青年なのだ。
うーん、スッゲェいいキャラクター象だ。
で、仮面ライダーとは、地上波では商業作品的観点からも、メインターゲットたる「子供にとっての理想像」の一つを掲げる必要性を迫られているという認識があるのだが、
同作品は、その作品性に対する強烈なカウンター的作風を展開している節がある。
そもそもが、「大きな括り(仲間たちとか、市民とか)を守るために戦う」などというロジックは展開しようのない、これは「一企業の内ゲバ」が事の発端であるからだ。
そのため、物語の起因からして既にスケールが策定されている(もちろん広げようはあるが)ので、個個人の行動原理もそのスケール以上には到底ならない、なったとしても、それは皮肉性を意味するものとなる。
そういう意味で、登場人物個個人の行動原理はかなりミクロなのだが、それゆえに親近感が沸いて、感情移入を誘うというものだ。
この作品で、「理想論めいたロジックを展開するキャラクター」はひとりとして存在しない。だから、ぶつかり合うものは、エゴとエゴだ。それらは、折り合いがつかない。「戦い」という、言語を超越した、放棄した、より原始的な暴力を用いたやり方でしか、終わらせることができない。そんな作風が同作の好きなところだ。

 

・ぼくらの
Gyaoで視聴終了。面白かった。この作品、儚いのだけど希望を感じさせる。
「荒野に咲く花」というような言葉で形容できるような作風。
ぼくらのといえば、OP「アンインストール」が有名だけど、第二クールED「Vermillion」もなかなかいいのよね。EDの子供たちの集合一枚絵もいいんだわ。石川智晶ということもあってガンダムSEED的、「あんなに一緒だったのに」的にはかなり思えるのだけど、それはともかく。とっても余韻に浸れる。

ガンダムビルドダイバーズRe:RISE
思いの外面白かった。主人公はあくまでも、オールマイティなキャラクターというわけではない。もちろん使用機体のコアガンダム(アースリィガンダム)はヒロイックで、真っ当な主人公ガンダムにふさわしいトリコロールカラー配色だが、搭乗者のヒロトは、ちょっと戦闘スタイルは地味だ。というのも、事前策をしっかり講じる、どちらかといえば策士タイプのパイロットだからだ(現実だとこういう人間のが有能というか出世できるよね)。
しかも、クールキャラという、主人公というよりは、メインキャラというか脇役タイプに近しいキャラクターなのだけど、そんな性格の子を主人公に配置しているのが面白い。
主人公キャラとしては案外偏ってる人物を配置させ、取り巻きのメインキャラクターもこれまたそれぞれ偏りのある者達を配置することでバランスとバラエティ性を図る。同作のキャラ配置は、そんなようなものだ。
そしておそらくこういう偏ったキャラ配置ができるのも、ネット配信ならでは。
キャラデザや声質は、やはり主人公の範疇におさまるものだから、外観では主人公とわかるが、そのキャラクター性は案外変わっていることがわかる(同じビルド作品なら、コウサカ・ユウマに近しい気がする)。
地上波ではある程度王道の文脈を守らないといけないけど、ネット配信なら多少の冒険もできる。そういう試みができているのが、同作というわけだ。
あと、ガンダムジャスティスナイトを駆るカザミは、ガサツで口調は荒いが貪欲な性格の持ち主。で、彼はこの作品の「ネタ枠」を担っている。このキャラクターは一昔前ならば、おそらく主人公も張っていたかもしれない(登場MSも「ガンダム」、「騎士」、「剣と盾」、でヒロイックだ)。のだけど、今はコンプライアンス的観点から脇役を張らせている気がする。フィクションとはいえ、女の子キャラにデリカシーのない発言をするようなキャラクターなどは、昨今過剰にたたかれやすい気もするから、一番注目される主人公キャラにそれをさせるのはリスキーよね、ということでその塩梅を図って脇役配置、みたいな。
そしてまあともかく、2話目までみて(現在第二話まで配信されている)思ったことなのだが、案外ドラマ部分の描写が繊細かつ丁寧だということだ。
主人公・ヒロトの人となりも、バトルスタイルをストーリー上で示すことで説明的でなく視聴者に分からせて、そもそも彼は「過去に何かあったらしい」ことから、ガンプラバトルから少し距離を置いている。そのような「負い目」のあるキャラクター象からして、今までのビルド作品からは少し毛色が変わり、ドラマ面を強めていることの証左だろう。
そんな彼の「負い目」が、なし崩し的に加入させられたビルドダイバーズチームとの邂逅を経て、果たしてどのような変化をみせるのか。彼自身の今後の心情の変化にも焦点があてられているというのは、この作品の特色の一つであるように思える。
そして、ドラマ面の強化というのは、視聴者ターゲットを少しハイターゲットにしているのかなという感想もある。そもそも、主人公はこれまでのビルド作品より年齢が高い高校生だ。さらに、メインキャラクターの一人はウォドムベースの機体を使うものなんている。素直にマニアックです。どう観てもオタク狙いです、本当にありがとうございました。

月刊少女野崎くん
視聴を断念した。おもろいのは分かるのだが、なんか僕の肌に合わなかった。これは少女漫画の文脈のイマジネーションについて行けない僕の敗北である。悔しい。
ちなみに以前、「クズの本懐」なる作品も視聴をしていたことがあったが、あれも途中でみるのやめちゃったんだよな。ぶっちゃけ、エロアニメでええやん、間とかシチュエーションだけつくって演出で誤魔化してるだけでは、って思ってやめちゃった。ドラマ部分の作り込みは浅いのでは~~~という感想があったのだ。
僕がみたことある少女漫画原作アニメでいえば、「彼氏彼女の事情」はおもろかった。しかも監督はかのエヴァ庵野監督ですよ。不思議な組み合わせよね。でも如何なく才能を発揮していて、繊細な男女の心情の交錯だとか、独特の演出技法や間の使い方と隠喩的、象徴的表現の巧みな技法とか、ともかく面白くてやはり構図もパースペクティブなものが多くて視覚的にも少女漫画のものなのにどこか刺激的でおもしろかったのだ。しかし後半はエヴァよろしくぶん投げエンドだけど。そういう意味では、エヴァもそうだったのかもしれないが、この作品も実験的作品の意味合いが強かった気がするな。で、庵野監督、「ロリポップ」なる実写映画もつくっていたらしくて。それを視聴したいと思っていたことを思い出した。これは「援助交際もの」らしい。やっぱりダークというか、アングラ的ワードに強く惹かれてしまう駄目人間である、僕は。というか、もう脱線をしすぎている。
「月間少女野崎くん」自体は、いい作品だと思う、完走していないけど。なんで観てないのにイイ作品だといえるのか。それは、僕は石岡良治氏の「現代アニメ超講義」なる評論本でこの作品が取り上げられ、同作のイマジネーションの成功と一定の支持を得ることができたについて論ぜられていたことを知っているからだ。そして、アニメ作品の質という見方でも、かの動画工房が手がけているため、信頼性の高さというか、ブランド力があることは分かる。そういう意味で、この作品は「良いものだ」とは、頭で理解できる。そのため、本当に僕は、この作品と向き合う想像力がないという、敗北をしているという自覚が本当にある。少女性を押し出す作品性に弱いのかもしれない。


・キャロル&チューズデイ
完走。おもろかった。泣いた。
火星と地球、政策如何によっては緊張が高まるかもしれない時勢の中、スターアーティスト達が団結し、秘密裏にとっておきの曲を皆で歌う。そして火星と地球間の排他策は打ち切られる。皆で笑い合って終わり。よかったよかった。...あれ?それで?

各キャラクター達は独特で、描写も丁寧で良かったのだけどキャラ描写面を丁寧にしすぎたのかもしれない。マクロなドラマたる政治劇は、地球・火星間の外交事情もよく分からなかったし(そこが主題でないのは分かるが)、音楽・キャラ描写面の比重が大きかった印象。
それはそれでいいのだけど、作品構造、物語構造のバランスとしては今思えばちょっと悪いかもしれない。2クールあったし、尺は十分あった気がするし、配分がびみょかったかも。
ただ作品の世界設定とかキャラ表現、ビジュアル面とかは本当に凝っていてかなり先進的に思えた。こういうイマジネーションのわかりやすさと新しさとかは評価されるべきだし、作品世界のベース面を考えた作品がもっと多様化して増えればいいなぁと思う。

◆音楽について
パスピエ
一年ほど前、Apple Musicに加入した。
相対性理論の曲」のイマジネーションから派出するようなアーティストはいないものかと辿っていたところで、このグループを発見した。
すげ~~~すき。曲が好き。音楽に関して、僕は語れる人間ではないので、あれすきこれすきくらいしかいえないのだが、パスピエすき。
曲の作風が、どことなくセカイ系的である。しかしたいてい、主観が少女によるものなので、少女的セカイ系。これは相対性理論のにもいえるか。
あとは、ちょっと衒学的というか、文学的というか、どことなく隠喩的に、なじみのないワードを使ってくる所。たとえば、「パスピエ」の時点でそうだ。
これは古典舞曲(ってなに?)の名称だとか、僕の好きな、かのドビュッシーさん(顔なじみみたいに言うな)の曲目にもあるのだ。
で、「衒学的というか文学的」「少女主観のセカイ系」こういう要素が相対性理論に通ずると感じていて、やはりYoutubeでも「相対性理論のパクり」言われているのもやや見受けられたりする。それも分かる。
が、僕はそれでも好きなのは、相対性理論のそれらよりは、エレクトリック的というか、アップテンポっぽい曲調のものが多く、「曲の色味」があるとすれば、相対性理論はちょっと退廃的というか、どこどなく淡い、セピアがかったものを想起させるものが多い気がするがこちらの「曲の色味」はビビッドである。
それを強く思わせるのは、「トロイメライ」「電波ジャック」が顕著な気がする。
トロイメライなんかは、まず出だしからアップテンポで、とにかくカッコいい。
というか、パスピエの曲の中で、トロイメライが一番すきだ。
パスピエトロイメライ。クラシックに精通する人からすれば、意味不明な文字列かもしれない。
というか、名前の元ネタたるトロイメライもまた、クラシックのそれ(ピアノ曲、「夢見心地」を意味する)なのだが、これはゆったりとした、そしてどことなく寂しげな曲調で、「離別」「穏やかな終局」等を想起させるものと思えるものだ。しかしそんな元ネタをなぞるどころか、全く真逆のベクトルで作られているのが、パスピエの「トロイメライ」だ。こういうカウンター的アプローチが衝撃的で、強烈に印象に残ったというのもある。
うーん、カッコいいとか好きとかしかやっぱいえないんだよな。大胡田なつきさんすこ~~。


◎僕は、自分から「コンテンツに埋もれ」にいっている。
何故かというと、それがなければ、だらだらネットサーフィンをしてしまうことに気づいたからだ。その時間の有意義性は、あまりないと分かった。
あと、そうでないとひたすらインターネッツモビルスーツをだらだら眺めちゃうのね。その割にそのMSの知識を忘れる。型式番号も、バリエーションも覚えようとしない。その立体物を手に入れようともしない。駄目だこりゃ。
であれば、いっつもなんか、気づいたら消化物があるような、でもそんな義務的に摂取しないと!!てほどでもない、「おもろくて消化したくなる物」が常に、物理的に身近にあるような生活のほうがよほどいいことに気づいた。
だけどその消化物にまみれるのもよくないので、小出しにコンテンツに埋もれる生活。
そうすればお財布にもやさしい。そんな生き方をしている。
で、消化に飽きたり、何かが沸いてきたりしたらアウトプット。おえかき~~みたいな。ものかき~~みたいな。こういう風にやる生き方が今はいいかな。今は。仕事にだいぶ体力を持って行かれるので、余力を使ってなにかするのは、今はこうすることが最大効率っぽい。効率って何のだよ。インプットアウトプットのです。
で、貯金がいよいよ貯まってきた。そして、ある程度お金を大きく使ってもいいことに気づいたので、「ジオニックテクニクス」購入してみます。これは、ロボコンでやるような「ザク」を作る奴です。税込みで9万円します。でも大きな出費を自分でしないと、やらなきゃ!ってならない。
ロボティクスとプログラミングに関する基礎的な知識をこれで身につけられるようだぞ。うん、身につけたい!てか、にわかにもSFオタクなのに知識ないのかっこわるいぜ。そんな理由です。あと、それで専門っぽい横文字を、意味をちゃんと理解して使いこなしたらカッコよくないですか?チッ、衒学的オタクになりたいだけかよ!けっ。でもそうなったとしても、その道のプロフェッショナルの人が的確かつ手短な一言を僕に突きつけるんだ。そして僕はきっと赤っ恥をかく。まあ、それでもいいや。フィクション物における、たとえば架空技術や現行技術に関する認知を深めたいという、知的好奇心くらいしかなくて、その道の専門になりたいとは思わないし。これ、言い訳っぽいな!チクショウ。うーん、なんで一人で悔しくなっているのだ、我ながら忙しい奴だぜ。

 


あ~~~~、書きまくってしまった。
あと、ほかに購入物でいえば、最近ではないのだけど、

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ポメラ」なるライティング記述ツール(タイプライター)や、

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「タイムロッキングコンテナ」なるもの、あとは

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「Switch lite」買いました。
これらすべて、やること特化ツールというべきか。
僕はスマホひとつで、パソコン一つで何でもやれる人間ではないと気づいてしまった。
というのも、やっている最中に「ほかのことをしてしまう」からだ。
作業中にネットサーフィンとかね。
なので、一つの作業に特化できるツールと、封印できるもの(タイムロッキングコンテナ)を購入した。でもあまり使いこなせていないです。

タイムロッキング~~は、時間を決めて鍵を占めると、その間どうあがいてもコンテナ内がロックされて、物騒なものでも使わない限り開けることができなくなる。つまりその中にスマホを入れろっていうことだ。ただ、自分の生活リズムのこともあって案外使いどころが難しい。


でもポメラはちょくちょく使っていて、今このときも、ポメラで書いています。
ポメラで文章をかくと、ほんと文章進むんだぜ。何せネットサーフィンもできない。そして、言葉を探そうと思えば辞書つき。最高だぜ。お値段4万円?(確か)でも、文章かきたい~~って人には最適なのだ。僕は似非物書きやっていきたいし、ポメラと生きていきたい。

というかさ、SHIROBAKOみてるときに知ったのよね。こういうツールの存在。
舞茸しめじさんが木下監督のヒアリングをしている時に登場したやつなんだけど。
あれみてカッコいいな~~と思って購入した次第。
でもね、氏の使う折りたたみ式は、どうやら反応がよくないらしくて不評だそうですよ。
ちょっとそれが恐くて最新版の二つ折り版使ってるんだけど。こっちは使い勝手快適ね。

 

 

●おえかき

 

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LINEとかの顔アイコン一新したくて描いている。

NASA的宇宙服×セーラー服というデザインコンセプトの女の子。

案外アオリ構図とかやったことなくて苦戦しております〜〜〜〜。

女の子のキャラデザ自体はできたけど。

宇宙機とか細部煮詰まってないのよね……

ぼちぼち描いていこうかなって感じ。

そうそう、おえかきに関しては、ほとんど毎日30秒ドローイング自体はしております。

一日のどこかにルーティンは欲しくなるからね…かといってカロリー高いおえかきも疲れるというのなら、これくらいはせめてしておこうという具合。

 

 

『HELLO WORLD』観てきた(ネタバレ)

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買ったものたち。とりあえずこんだけ。

 

ワアアアアおもろい!!!!!!

 

おおざっぱな感想としては、

『オタク男子妄想全開、冴えないっぽい僕が世界を巻き込んでたった一人のカワイイ悲劇の美少女ヒロインを救う壮大な現実冒険譚』

といったところ?

 

が、物語構造としての軸は上記の概要(?)を忠実に守っているので、テクノロジカルな描写、ビジュアル的に小難しそうな所はあれども、それらは自己主張はせず、あくまで舞台装置として、物語上のエッセンスとして登場するに留まっているので、エンタメ作品として明快な楽しさを感じられる。

 

で、『冴えない僕がヒロインを救うために崩壊しゆく世界の中で一踏ん張りする』という物語構造だと、それ自体は単純明快なのだが、それに一捻りが加えられる。

 

それは、主人公の未来の姿・10年後の『カタガキナオミ』の存在だ。

 

彼は脳死状態となったヒロイン・一行瑠璃を救うために過去に遡り、歴史改変のために高校生の主人公・堅書直美に彼女を救う術を教え込む。これが功を奏して、たしかに彼女は救えたのだが、歴史改変にはバグ…というよりエラーの発生が付き物。

その修復のために、改変の発生源たる瑠璃に修正プログラムが実行される…というもの。

『歴史改変の歪みの修復』がビジュアルで示され、「バーチャル世界での修復作業」は、瑠璃に降りかかる困難として描写される。

危機に対し、事情も知らず無力なヒロインを救うのは、やはり主人公たる直美(ナオミ)の出番。

ここが作品の中のバトル描写としての見どころともなるのだ。

作中、直美は未来の『ナオミ』から、イマジネーションを具現化させる力の発動装置こと『グッドデザイン』なるものを授かるのだけど。

面白いのが、SF書好きの『本のムシ』である直美のイマジネーションはやはり、その生活に密着したものであり、危機が迫ったというときに具現化させるそれは、例えば「本を物理武器として使用する」とか、最上級の物質(?)具現化として「自身の再現可能な限りでの領域のブラックホールを展開する」といった、実生活の使用物から、彼の好むSF作品で題材や舞台装置として登場するであろう、その中でも最大級の規模を誇るものを登場させる…といった、実に彼の「らしさ」を反映させたものを具現化し、窮地を脱することとなるのだ。

それもそのはずで、この物質の構造を知らなければ具現化することが出来ないという説明が作中で明かされる。その為に、必死に具現化のため構造の勉強をする主人公の姿が描写される。

  物語構造や能力の使い方に関しても、作品内での整合性はしっかりとれるような作りとなっているので、「突然かつ主人公に都合の良すぎるチート」の発露などは無い。ともすれば、人によっては地味ともとれてしまうかもしれないが、この世の自然科学、そして人間の叡智を以って機器を脱するその様は、にわかながらSF好き、読書をそれなりに好む身分の自分も、「こういうこと、こういう世界なら僕もやれそうだ!!!」とワクワクしたし、没入感があった。

 

 

で、この作中の『危機』のそもそもの原因を作ったのは、10年後の自分こと「カタガキナオミ」。しかし、状況を作ってしまったとはいえ、彼の「瑠璃を救いたい」という想いの為に、文字通り身を粉にしてでも奔走した10年間と、その単純かつ純粋な想いは、紛うことなく真実だった。

作中では、そんな彼の「罪」に対しての罰、「真摯な想いと姿勢」に対する報いをそれぞれ設けている。「報い」の部分に関しては、描写の入れ方が入れ方なので、ちょっと賛否の分かれる所であろう。

 

個人的なことを言うと、普通にそれでも良い。

というか、やはり作中真摯な姿勢を見せた人物に対しては、何らかの労いがあっていいと思えるからだ。これはもう、僕個人の価値観でしかないのだけど。

また、作中の理屈としても、『新世界の開闢』が示されているので、例えば並行宇宙論のように、別世界で幸せなカタガキナオミがいたとしても、僕は全く許せるのだ。理屈としても、正直否定するには困難な話だと思っている。

 

面白いのが、先の『新世界の開闢』が発生した後に、「HELLO WORLD」のタイトルコールと、直美の「一行さん、僕たちの世界はこれからなんです」(うろ覚え)発言、そしてカタガキナオミの目覚め、が描写されるということだ。演出技法として、これからの希望と大団円を示す、とても清々しさをみせるものだと思える。

 

日常描写の登場人物たちの細やかな仕草の描写、会話劇の自然さも、「学校生活でこんなのあった」と思い起こさせるリアリティがあり、中々丁寧。

(物語始まって間も無く、赤信号間近で走ってそれを渡りきる他の生徒に対し、自分も急がなきゃと思うが逡巡し、結局待たざるを得なくなる…等、説明としてでなく、演出として主人公を人となりをみせる部分。また、「決断力」なる啓発本を読み、それに記されたことを実行しようにも、結局行えずであった。それに対して、ヒロインこと瑠璃は、先の直美が「できなかった」ことを全てやってのけてしまう、真反対な性格であるという、コミカルながら人となりをみせる描写。など)

 

 

とにかく、『男は惚れた女にはとことん弱い』を描いた、男ってこんなもん、てのがかなりよくわかる作品だと思います。

けど、これを訴えたことの弊害がひとつ…

それは、ヒロインこと瑠璃ちゃんが、『ボクが救うべき悲劇のヒロイン』の理想像を全て詰め込んだに過ぎないキャラクター像になってしまっているということ!

まあ、カワイイからいいっちゃいいのだけど、キャラの掘り下げとしては、そこだけ「物語構造の中に埋没してしまった」感がちょい否めない…。

というのも、瑠璃ちゃんは先にも書いたように「直美とはまるで真反対な気丈で、ちょっとズレた子」として描かれるのだけど、この性格故にドラマがどう転ぶとか、性格の変化が訪れる…というよりは、

「物語のヒロイン」として、主人公に惹かれ、助けられるべき存在として描くに終始しているのだ。

まあでも、そんなことは許せる範疇で、やはりキャラデザも可愛いのだからしょうがない(やっぱりオタク故である…)。

 

そんな訳で再三訴えるのだが、そんなことよりも、「僕が彼女を救うんだ!!!」というのを克明に描いたこの作品は、清々しさとちょっぴりの寂しさも伴い、ジャパニメーション映画としてはとても健全で、正しくエンタメを貫く、SF好きの知的好奇心をも刺激する、楽しい作品だと思える!!!!!!!

 

 

 

イラスト:サザビー

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描いた。できた!

 

カゲ色の方向とか、もっとコンセプト決めて塗ればよかった。アニメ風というよりは、ちょっと写実よりな、いつもの塗り方になってしまった……。

 

まあでもアニメ風の発色で塗ることができたと思うので、そこは満足。

msn04

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線画ができた〜〜!!!

やっとである。

明日から色を塗る。アニメのピンナップ風に塗るのが目標。

 

で、それだけだと文字数も淡白なので、最近の消化物について一言ずつだけ羅列していく。

忘備録である。

 

●小説

ほしのこえ…一月くらい前に読んだ。

読み返すと案外、外宇宙に行くにつれて間隔が遠のく文通…というイマジネーションは織姫と彦星のようで、いいもんだと思えてしまった。

映像版はトレーサー(人型ロボット)の造形がもろにアレじゃん!という突っ込みで頭に入らなかったのだけど、文芸作品として今一度読んでみるとなかなかいいものであり、ラストの展開もこちらは清々しい。

 

・秒速五センチメートル

映像版は、「俺にホレた女たち」みたいな物語でひたすらダンディズムと独りよがりで幕を閉じているのでは、というのが、数年前の僕の感想であった。

しかし、これも文章で読み返すと、「押しが足りなかった」「意思を明白にできなかった」主人公の自戒にも似た念の自覚が確かに綴られており、単なるダンディズムから明確に脱却する描写がなされていると思えて、もちろんアニメ版同様の終わり方ではあるものの、内面描写がはっきりとしている分、やはりこちらもどこか清々しさも覚えた。

 

●アニメ

・キャロル&チューズデイ

面白い。物語のスケールが少しずつ大きくなり、政治劇と音楽…というマクロな物語構造から、恋愛劇というミクロの物語も動く。

案外ありそうな世界設定に思えて、しっかりそれを描写しているアニメ作品がなかったからか、妙に新鮮さも覚えたりもする。やってることはマクロス7とかも近いのかもしれないけど、こっちはドラマ面強めってところなのだろうか。

 

・グランベルム 

これも面白い。登場人物が悉く訳ありであり、露悪的とすらも思えるかもしれないが、もはやエゴイズム同士の対立でしかドラマが進展していないあたり、ダンバインのようなシチュエーションを彷彿とさせる。ただし、ダンバインとの違いは、それをエゴの対立であるという自覚を持ち、怨嗟を終わらせるという目的を持った人物は、究極的にはいないということだ。

そうなると、物語のカオス化が起きる。

このカオスを楽しめると、中々面白く思える…というのは、趣味悪いかもしれないが。

捻りの強いお話。

 

・ぼくらの

GYAOで配信しているので順次見ている。

これも面白いんだよな〜〜〜〜。

どことなく純文学的な雰囲気と、死という現実に向き合う子供たち、というどこか儚げなシチュエーションが作品独特の哀愁を思わせてとてもリリカルである。

 

●映画

・誰も知らない

おもろい。是枝監督の作品は、「切り取った現実空間」という特徴を持っているんでないかという感想がある。

これもやはりそのテイストがあり、子供だけの暮らしは、確実に腐食していくものだということをありありと、しかしどこか優しさを伴って描写がなされる。

案外、こういうイマジネーションは、鉄血のオルフェンズが近しいようにも思えた。

 

娼年

松坂桃李のやつ。おもろかった。

なんか思うことはあるのに感想が出ない。

描写そのものはアダルティだが、れっきとしたハーレムものである。男の征服欲はとても満たされる。